2019年6月19日

地震より J アラートの響き

昨夜の寝入りばなの地震と そしてなんといってもJアラートの警報音が凄かったです

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昨夜の10時半ごろ、揺れが始まり‟少し遅れて”今度はJアラートが携帯やスマホさらに村内広報無線から響きだしたと同時に強い揺れが始まりました。

公式には震度3ですが、瞬間的な揺れはもっと強かったです。わが地域は、茨城県が震源の場合はとても強い揺れに見舞われるので今回も「茨城だろう」と思っていたら、全く逆方向が震源地で驚きました。

各局がこぞって放送していますが、新たに知った事実に「液状化現象」というのは昭和59年(1964)の新潟地震から使われるようになった言葉だったんですね。

「液状化」はそれほど昔では無いことばだとは思っていましたが、そういえばあのころだったんですね。

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2019年6月18日

メマトイ(目纏)

暖かくなると畑などで作業をすると、目の周りにまとい付く小さな黒い羽虫が気になり、作業がやりずらくなります。ですから、わたしにとって今頃は‘虫よけ剤’は必需品です。

その羽虫の正体は、ほとんどが私の地域では「ブヨ」と呼称しますが、吸血虫である「ブユ」です。少し前まではブユに効果が有る虫よけ剤は無かったのですが、2~3年前から効果が有る製品が販売されるようになり助かっています。

ブユ以外で目の周りに集まり飛ぶ羽虫は、「クロメマトイ」(ヒゲブトコバエ)というのがあるようです。

これは蠅の一種で、人や動物の目を潤す涙液を舐めるために集まる虫のようです。

メマトイはブユのように吸血ではないから危険は無いのかと言うと、それは逆でこの虫は目に卵を産み付ける場合が有り、そこから「東洋眼虫症」という寄生虫の病気を媒介し、悪くすると失明の場合もある厄介な害虫なのだそうです。

夏は虫よけ剤などをうまく利用し害虫に気を付けましょう。

ちなみに、今日もわが家では虫よけ剤が効かないオオムカデを3匹退治しました。

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2019年6月17日

電波妨害

香港で起きている大規模なデモの様子を放送していたNHKの電波が、中国政府によって遮断されたそうですね。中国による報道規制はすごいです。

電波規制で思い出されるのは、太平洋戦争中に日本政府が行っていた「短波放送受信の禁止」の処置です。

もし、あの当時日本国民が短波放送が聞けていれば、現実の日本軍の状態を知ることができ、もっと違った形の終戦を迎えられたはずです。

ただ、共産主義が猛威を振るい始めていた時でもあり、受信できていればもしかすると日本も共産国家になっていた可能性も‘ 0 ’ではなかったはずで、そうなっていたら今のような生活ができていたかは不明です。

歴史は、後世になってみないと良否が判らないのも事実です。

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2019年6月16日

若松コロニー

明治維新のころと言うのは、日本の歴史が最も混沌とした時期でありましょう。ですから、知らない史実が非常に多く存在しています。その多くは明治政府によって隠蔽されたものですが、そればかりではありません。

福島の地元紙ではそういう史実で福島県ゆかりの事柄や名を残さずとも偉業を行った人物を震災後から特集するようになりました。
先週からの話題は「若松コロニー」について慰問団や歴史を特集していますが、これまた全く私は知らない歴史でした。

若松コロニーとは戊辰戦争そして会津戦争終結後の明治2年に旧会津藩からアメリカの東海岸側に在るカリフォルニア州に渡った農業開拓団の入植地のことです。

 今から150年前の明治2年(1869)、会津藩軍事顧問だったヘンリー・スネル氏と共に米国船「チャイナ号」でサンフランシスコの港「サウス・ビーチ」に到着したとされ、日本人として北米最初の移民団はエルドラド郡ゴールドヒルでアメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」を形成し茶と絹の生産を試みた。
しかし、その試みはうまくいかず若松コロニーはわずか2年で崩壊し、入植者たちは帰国したり散り散りになり、その存在すら人々の記憶から消えていった。

年月は流れ、日本では改元になり大正時代となったころサクラメントの邦字紙「櫻府日報」(日本人向けのアメリカ国内の新聞)の記者の竹田文治郎(雪城)氏が、若松コロニーの一員で唯一現地に残り、19歳という若さで亡くなった少女「おけいさん」を、‘アメリカ本土の土に眠る最初の日本人女性’などとして紹介しその特集記事を載せたことで世に知られることになった。それは大正5年(1916)のことであり、すでに50年近くも経ったころであった。

今回、跡地を訪れ、現地に記念碑を建立する若松コロニー150周年記念会津訪米団は、コロニー跡地にある日本人女性初の米国移民で故郷を思いながら19歳で死去した「おけい」の墓があるゴールドヒルの小高い丘の上で式典やおけいさんをしのぶ歌などを合掌し、御霊を慰めたようです。

訪米団が建立した「義」の文字の入った記念碑は、訪問団の団長を務めた会津松平家15代当主となる松平親保(ちかもり)さん(20)が揮毫(きごう)したそうです。

150周年記念行事は、訪米団がアメリカに到着した6月8日に合わせたらしく、それで今月になったようです。

150周年訪問団は、地元のメディアの取材を受けたようですが、コロニー跡やおけいさんのお墓を残してくれていた地元のアメリカの人々の心遣い、なんだか日本人的な気がしました。

 

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2019年6月15日

御朱印・・・お断り?!

いつのころからブームになったのか判りませんが、なんだか旅行者には御朱印帳と言うものに参拝したお寺や神社から頂く「御朱印」というのを集めるのが流行りなんだそうですね。

御朱印とはお寺や神社に参拝した時に、朱色の押印や参拝日、お寺名・神社名、御本尊・御祭神などを墨書きした印章、印影のことですが、元々はお寺で写経をした際にそれを納めた証としていただく受付の印、つまりお経を収めた方へお寺から出される‘受領書’のようなものを指すのが御朱印だったようです。

それが現在はお寺だけではなく、神社でも発行するようになり、それを旅行者が旅先の記念と証しとして集め出したのが、現在のブームになっていったようです。

このように御朱印とは仏様や神様とのご縁によって成り立つものだということを頭に入れ、正しいマナーで御朱印をいただくよう心がけなければいただく資格は無いものなのですが、ブームによって悪質な者が増加してトラブルになって困っているお寺や神社が増えているようです。

今年、全国放送のテレビの番組でも紹介されましたので知っている人も少なくないと思いますが、会津白虎隊の墓所がある飯盛山ではあまりにもマナーが悪い客が多く、「御朱印発行の廃止」を決め話題になっています。

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2019年6月14日

還付金振込み・・・の葉書

きょう、我が村などを管轄する二本松税務署から何やら目隠しシートが貼り付けられ、わざとらしく「振り込め詐欺に注意してください」という注意喚起までかかれた1枚の葉書が届きました。

差し当たって思い当たることが無い私、当然、真っ先に頭に浮かんだのは「還付金詐欺はがきか?」でした。

恐る恐る、目隠しシートを剥がしたら「国税還付金振込通知書」のタイトルが現れ、かなり懐疑的な思いで内容を確認しましたが、本物であることが直ぐに判りました。

そう判断した理由>

  • 還付金の金額が、確定申告で見た数字だったこと
  • 振込先の金融機関が正しい事
  • どこにも請求する文言や数字が無かったこと

確定申告で還付金が発生したのはここ10年以上無かったので、少ない金額でも嬉しくてだいたいの金額を覚えていたことが、一番の決め手となりました。

世知辛い時代になりました。

それにしても、確定申告をしたのは2月中旬、それから4か月もかかって還付作業が行われるなんて、その仕事の‘のんびりさ’に驚きました。

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2019年6月13日

‟青い”白衣

白衣といえば最初に頭に浮かぶのは、医者と昔の看護婦でしょう。

特に、今は「看護師」と呼ぶようになった看護婦は、かつて「白衣の天使」とも称せられました。

<白衣の天使の逸話>
看護師が「白衣の天使」と呼ばれるようになったのには、フローレンス・ナイチンゲールとの関わりがある。
彼女が看護の道へ進んだ当時は、戦争があり白衣を着たナイチンゲールは身の危険を顧みず志願して戦場に行き傷ついた兵士を手当てした行動から「ランプの貴婦人」とも呼ばれるようになり、その逸話が白衣の天使と呼ばれる要因の一つとなった。

呼称には↑のような要因があるようですが、いずれにしても白衣を着用していたことが理由でしょう。

この白衣の天使関連のテレビドラマは昔からありましたが、そのテレビ放送である真実を知りました。

最初のテレビ放送は白黒放送でした。ところが、当時の技術では白色というのはそのままでは綺麗な白に映らない、その代わり空色=ブルーというのは綺麗な白になることから、当時の放送現場では白いものは全てブルーに塗られたというのです。

それは白衣に限らず、料理番組では大根までブルーに色づけされたと言いますから、現場は不気味だったようです。

つまり、わたしが白黒テレビで視ていた白衣というのは、実際は全部ブルーだったわけです。

そうだと知ると、いまさらですが、なんだか騙されていたような気がしてしまいました。

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2019年6月12日

本性むき出し

年金の報告書問題の安倍政権の対応、それは開いた口が閉まらないとはこれでしょう。

・選挙で負ける要因のデータは受け取れない

・与党が選挙に負けるようなデータは、公務員なら忖度して出すな

二階自民党幹事長が平然と言い放ったことばの内容はこれでしょう。

「政治家は選挙に勝つことが第一で、国民など二の次だ」と言い放った自民党の方々に言いたい「あなた方は政治家ですか?」とね

どうみたって、アイドルグループの選挙レベルと同じにしか見えない態度に呆れてしまいまいました。

これでは国会議員ではなく、‘選挙屋さん’です。

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2019年6月11日

入 梅

カレンダーのきょうの日付のところに「入梅」と記載がありました。

すでに梅雨入りしている福島県では無関係ですが、暦ではきょうが梅雨入りになるようですが、昔の人の気象観測はすごいと、改めて思いました。

きょうは「入梅」ということで「傘の日」にもなっているそうですが、ちょっと前までは傘は傘でも「日傘」が主流でしたが、それはずいぶん以前のことに感じてしまうほど寒い毎日です。

なんとなく、からだの調子が悪いです

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2019年6月10日

何だこの寒さ

何だこの寒さ、今朝は寒くて目が覚めました。温度計を確かめたら室内温度が20℃ではないですか。

もうとっくに夏日以上の気温に合わせた寝具類には低すぎる気温です。

それでも日中にはもう少し暖かくなるだろうと思っていたら大間違い。一日中室温は変らず21℃に達することは無く、外気温は18℃という寒い一日となりました。

寒いので、少し集めのものに服装を替え、それでも寒いのでウインドブレーカーを着てやっとなんとか耐えられるものになりました。

こちらはもう梅雨入りしてますから、いたしかたないですが、ちょっと低すぎです。

それより、九州などの西日本はまだ梅雨入りしていないほうがもっと驚きです

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