« 年末の仕事 | トップページ | 腰痛だ~ »

2005年12月17日 (土)

「あだたら山」の名の由来

本日快晴に付きあだたら山は絶景でありました。左から和尚山(1601.7)、前ヶ岳(1340)、乳首山(1699.6)そしてここからは見えないが鉄山(1709.3)、箕輪山(1728)です。

その内の「乳首山」をわたしたちは「安達太良山」としていますが、地図によっては鉄山を指しているときもあります。

IMG_0551

 

 

 

 

 

 

 

 

IMG_0549

 

IMG_0553

 

 

 

うまく撮れたかは別として最高の姿を現してくれた『日本100名山』の一つあだたら山です。わが村のシンボルです。下の2枚は我が家からのものです。

以前、母に二本松駅前にある店の名前で「阿多多羅山(あだたらやま)」とあるのは何かと聞かれて、「あだたら」はずっと「安達太良山」とこの漢字を書いていたし、それが正しいと思っていたので私は「当て字だ!それは」と答えたことがありました。

そしたら二本松の安達ケ原ふるさと村の偉人館に常時展示してある高村光太郎の抄直筆原文を見て驚いた。そこにはこう書かれていた漢字は

  • あれが阿多多羅山(あだたらやま)あのひかるのが、阿武隈川・・・・・・

「あれっ!“阿多多羅”のほうが正しいのか?おいおいまいったな」と思って調べたら、いろんな‘あだたら’の漢字が出てきてしまったのです

奈良時代のものといわれる「万葉集」には

    • 安太多良(あだたらの嶺に伏す・・・・・ 
    • 陸奥の 吾田多良(あだたら真弓 弦はけて・・・・・

などのように「安太多良」、「吾田多良」と二つのあだたら山がの文字が出ていたのです

それに「安達太郎山」と言うのもあった。どれも「あだたらやま」と読ませているのだからどれが本当かわからなくなってきそうだが。答えは名前の由来から見ると一番はやはり「安達太良山」が正しいようです。

由来は諸説あり、「安達郡」の中で一番高い山を表す「太郎山」、これが縮まった名前が「安達太良山」なったという説、古代の製鉄用溶鉱炉の名称であるタタラからきているという説があるようです。

地元のホームページなどには、この地に昔住んで実在した人物の「安達太郎」というの人物をその息子が「安達太良明神」として祀ったことからという説などの記載がみられるが、その時代より古い万葉集にすでに「あだたら」の名があるので、この由来は時代的に矛盾があると思われます。
(※、昔、塩沢の田地ヶ岡に安達太良という者が住んでおりました。 安達太良は京の都から郡司として派遣され、妻は飯坂城主、佐藤氏の美しい娘で、 夫婦には4歳になる子供がおりました。(岳温泉の歴史・伝説より)

もう一つに面白い説がありました。

安達太良山は別名「乳首山」といわれていますが、“アイヌ語”では乳首のことを「アタタ」と言ったそうで、そこからきているのかもしれないというものです。

しかしながら、そう言った意味のアイヌの言葉も有りませんし、本来この東北や東日本にはアイヌ民族は住んではおらず、居たのは「エミシ(蝦夷)」や「毛人」と呼ばれた、アイヌのような狩猟先住民族が住んでいました。
(エミシ(蝦夷)とは「蝦=弓を持った、夷=野蛮人」を意味し、そして「毛人」とは「毛深い野蛮人」という意味で、どちらも大和朝廷からの蔑称)

ですから「アタタ=アイヌ語」というには信憑性は薄く、どちらかというと「アタタラ」とは「エミシ」が使った言葉だったというほうが妥当でしょう。
(※アイヌとエミシは違う民族だと判断されているが、エミシもアイヌ語を母語としていた)

文献に出て来る「安達太良」の名には、寛平9(897)年の文献に「安達峰(あだたみね)」、『万葉集』では「安太多良ケ峰」、「安達太良山」、「阿多多羅山」、その他に「乳首山」(『家世実記』)、「二本松岳」(『相生集』)、「嶽山」などがあり、西の会津側では「東(あずま)岳」(『新編会津風土記』)、「沼尻山」、「硫黄山」などの名称に変化することが多いですが、やはり地元では「だけやま(岳山・嶽山)」というのがほとんどです。

そんなことを思いながら見るのも一興ですかね

山としては前が岳が一番古くてあとは後の噴火で形成されたようです

 

 

|

« 年末の仕事 | トップページ | 腰痛だ~ »

コメント

安達太良山も秀麗な山ですね。
また「うんちく」も興味深く読ませていただきました。

投稿: もうぞう | 2005年12月17日 (土) 20:27

)もうぞうさん

ありがとうございます

乳首山(ちちくびやま)を<オッパイ山>と紹介していたサイトもあっておかしかったですよ

投稿: 玉井人 | 2005年12月17日 (土) 21:16

こんばんは
安達太良山・・・・雪の無い場所から見る雪山も美しいですね!!穏やかな風景ですね。当地だと3月の終わりの頃の感じに見えます。新潟県内明日は一日雪です。

投稿: Racexp | 2005年12月17日 (土) 21:35

こんばんわ。
はじめて見ますね~、この山。
(一応、写真からだけど。)
しかも、「一部」雪化粧。綺麗ですね~。

投稿: H・K | 2005年12月17日 (土) 21:57

)Racexpさん

こちらも明日から大雪注意が報道されています。雪のないいいところから撮りました。我が家の周りは雪で真っ白です

)H・Kさん

キャッチコピーですが「この山ノ上に広がるのが高村光太郎の智惠子抄に出てくる「本当の空」ですよ

投稿: 玉井人 | 2005年12月17日 (土) 22:08

安達太良山。
この間の旅行で見ました。
東北道を走っているとPAかSAの表示で
なんとなく気づく山ですよね。
思ったより雪が少ないような気がしますが、
例年そのような感じなのでしょうか?
私は最近、山歩きを始めましたが、
いつしか登りに行きたいものです!

投稿: hide | 2005年12月18日 (日) 23:24

)hideさん

そのとうりです。東北自動車道安達太良サービスエリア上下線(全国で唯一SAが上下同じところにある)で見るのが絶景の山です
そして、そこから見えるすべてがわが村でもあります

投稿: 玉井人 | 2005年12月19日 (月) 21:58

高村光太郎が智恵子抄の中で「阿多多羅山」と書かれていて昔は、こう書かれていたものが、現在の「安達太良山」に変わったのかなぁと思い、検索したら、「つぶやきの古道」を見つけました。
疑問の1点は解決しましたが、この「阿多多羅山」とは、高村光太郎以前から使われていたのだろうか?高村光太郎だけが、使ったものなんだろうか?が判りません。
学生時代、安達太良山にはよく登り、二本松なども馴染みの深いところですが、不勉強で知らないものですから、もしご存じでしたら、教えて頂けますでしょうか。

投稿: jazzsuga | 2006年2月 3日 (金) 16:22

)jazzsuga さん

始めまして!ようこそいらっしゃいました。いまTBをそちらに送ったところでした。

その答えは「あだたらやま」といういいかたがありきでそこに漢字を当てていろいろとあるというのが正しいようです。

ですから高村光太郎のもじは光太郎だけが使用したようです。ただ有名な文人なのでその漢字を使う方が現れたようにおもえます

やはり「安達太良山」ですね

よだんですがこちらでは濁点を本来つけるところにつけないで話す習慣があります。例えば「これだけですか?」と聞くときこちらでは人によって「これタけですか?」と言うふうになまって<た>に濁点をつけない場合があります。

智惠子が福島ナマリで<あだた>を<アタタ>といってても不思議ではないような気がしますからそれに漢字を当てはめたとは思えないでもないですね

ただし、いわれはというのは諸説あるのが常ですから100パーセントとは言い切れないのも事実ですね

投稿: 玉井人 | 2006年2月 3日 (金) 16:50

先日、「あだたら日記」でトラックバックさせて頂きました者です。
まだ始めたばかりなのですが、地元・浜松のポータルサイトに乗り換えてしまったものですから、また改めてトラックバックさせて頂きました。

これからもまた読ませて頂きます。

宜しくお願いします。

投稿: jazzsuga | 2006年2月12日 (日) 11:40

)jazzsuga さん

ご丁寧なこめんと痛み入ります
さっそくこちらの設定を変更させていただきますのでこちらこそヨロシクです

投稿: 玉井人 | 2006年2月12日 (日) 15:06

 宮城県利府町に住み、東北のアイヌ語地名を調べている71歳の偏屈老人です。
 安達太良山の山名由来を調べていてこちらにたどり着きました。
 岩手県紫波町に「東根山」と書いて「アズマネサン」と呼ばれる標高928mの山があります。
 一般的に「ヒガシネ」と読めば東方に山を背負ったその根元の地の意味ですが、この山のふもとは「ニシネ」になるので「ヒガシネにある山」の意でないことは明白です。
 そこでなぜ「アズマネ」なのかを考えてみると、昔から地元民に呼ばれていた「アズマネ」に「東根」の漢字を当てたのであり、「アズマネ」の意味は蝦夷時代の言葉だったアイヌ語で pa-tomam-ne(頭‐湿地・沼地‐~である)であろうと思われます。知里真志保著の地名アイヌ語小辞典によれば「アイヌ語は無声音と有声音を区別しない」ので pa は ha でも同義です。
 東北の山々には「あ」や「は」で始まる山名が多く、それぞれの意味をアイヌ語で考えてみると、それらのほとんどが「山頂部の特徴」を表現していると思われます。八甲田は pa-kot-tay(山頂部が凹んでいる山)、吾妻と八幡平は東根山と同じで pa-tomam-tay(山頂部が湿地である山)、早池峰 pa-yachi-ne(山頂部が泥のような山)、姫神 he-enke-muy(頭部を尖らせている山)等々。
 こう考えてくると安達太良山は pa-tattar(山頂部が踊り踊りしている)で、「踊り踊りしている」のは山頂のあちこちから出ていた噴煙のことではないかと考えるにいたり、同じような解釈がありはしないかと調べていたわけです。
 もしご存知でしたら教えていただければ幸いです。
 ー2019.04.30ー
 
 

投稿: 小畑 茂 | 2019年4月30日 (火) 15:48

小畑 茂さんへ

ご訪問いただき、痛み入ります。

本文中にも記しましたが、東北にはアイヌ(ウタリ)民族は居なかったことが判明していますので、アイヌ語の名称と言うのは存在しないと考えています。

東北、東日本に居たのは「エミシ」とか「毛人」と呼ばれた狩猟民族だけですので、エミシ達の言葉での呼称と考えるのが本来だと考えております。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年4月30日 (火) 19:10

 早々の返信、ありがとうございました。

 エミシたちの言葉=アイヌ語 であったと考えています。

 青森県、岩手県、秋田県の地名の多くがアイヌ語由来であることはよく知られています。
 福島県にも会津地方にはアイヌ語地名が数多く残っています。桧枝岐村内の地名の多くはアイヌ語です。キリンテ、モーカケ、御池、見通、大根卸、尾瀬内のヨッピ等々。これらからもアイヌ語を否定ことはできないほどです。

 能登半島の最先端にある「禄剛崎灯台」を訪れた際、その入り口の集落の地名が「狼煙(のろし)」というので驚きました。notoro-us(岬の所の入り江)というアイヌ語にぴったりの地形で、能登は not(みさき)、珠洲市も sut(ねもと)で理解できます。能登半島にもアイヌ語地名が数多く残っているということです。

 木曽の御嶽山のふもとは王滝村、onto-ke(尻の部分、山でいえばフモト)で、そこにあるのがオンタケ山、アイヌ語地名です。
 この御嶽山より北方の山岳部や平地から離れた海岸部には、アイヌ語地名が残っていることは間違いありません。
 
 アイヌ民族だけがアイヌ語を話していたのではない、ということをご理解ください。

投稿: 小畑 茂 | 2019年4月30日 (火) 20:14

小畑 茂さんへ

ご丁重な再コメントありがとうございました。しっかり読ませていただき、私なりに考えてみました。

> エミシたちの言葉=アイヌ語 であったと考えています。

これについては、エミシ達はアイヌ語を‘母語’としていたことはわたしも存じておりますが、記録によればエミシは大和民族の言葉も話せたようなのでそれも母語としていた可能性が有りますし、『エミシの言葉(第一言語)=アイヌ語』という考えは持てない私です。

地名にはたしかにアイヌ語ゆかりのが多いです。特に北海道や北東北にはたくさんあることは存じていますので否定はしていません。
但し、本州の地名には少し異論をもっています。

 例えば、
コメントにございました能登の狼煙という地名ですが、地元の能登歴史資料によればそこでは船の安全などを守るためなどのために狼煙を揚げていた場所だそうで、それは日本書紀にも「土地の王が烽火(のろし)を云々」という記述があり、それが由来となって「狼煙」という地名になったもので、元々は違う地名だったと公表されています。

ご存知だと思いますが、福島県の桧枝岐村は平家の落人の隠れ里として知られ、家紋は平家の蝶紋の家ばかりです。話す言葉も福島県内では独特で、私たちには標準語にしか聞こえません。
そんな隠れ里ですので、元々人が居なかったと考えるのが妥当と思っています。地名は平家の人々が栄華を懐かしんで京の都に関する地名をつけ、それが訛ったものと考えるのが順当かと考えています。

順序が前後しますが、安達太良山の名称につきましては、私たちは昔から安達太良山と言わず「だけやま」と言っていまして、この言い方のほうが古いと思いますし石碑(碑の文字=嶽山)も残っています。意味は「嶽山(だけやま)=岩の山」です。現在は「岳山(高い山)」を麓の温泉街名に使用しています。

つまり私としては地名には時代によって変化したりしますので、諸説あるという考えでまとまっています。
どうか、ご理解くださいますようお願いします

投稿: 玉井人ひろた | 2019年5月 2日 (木) 11:46

こんにちは
母方の先祖が代々ケセンアイヌと伝わるものです
50歳になってこちらを拝見するまで東北にアイヌが居ない
とは知りませんでした

悪しき伝承を私の代で断ち切ろうと思います
ありがとうございました

投稿: かないぬ | 2019年8月13日 (火) 11:13

かないぬさんへ

コメントをありがとうございます。
私も以前は東北にもアイヌ民族が住んでいたと思っていたのですが、テレビで「阿弖流為伝説」を視てから、住んでいたのは「エミシ(蝦夷)」と呼ばれた狩猟民族だったことが判った次第です。

投稿: 玉井人ひろた | 2019年8月13日 (火) 12:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「あだたら山」の名の由来:

» 安達太良山 [あだたら日記]
タイトルである「あだたら日記」の『あだたら』は安達太良山から頂きました。 学生時代、山登りに明け暮れていましたが、クラブで所有の山小屋『あだたら山荘』が福島県の安達太良山麓にあったことから、よく登った山です。 安達太良山は高村光太郎の『智恵子抄』の「あどけない話」で有名です。 【あどけない話】  智恵子は東京に空が無いという、ほんとの空が見たいという。  私は驚いて空を見る。    −中略−  阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が智恵子のほんとの空だという。  あどけない... [続きを読む]

受信: 2006年2月 3日 (金) 16:08

» 安達太良山 [あだたら日記]
タイトルである「あだたら日記」の『あだたら』は安達太良山から頂きました。学生時代、山登りに明け暮れていましたが、クラブで所有の山小屋『あだたら山荘』が福島県の安達太良山麓にあったことから、よく登った山です。安達太良山は高村光太郎の『智恵子抄』の「あどけな... [続きを読む]

受信: 2006年2月12日 (日) 11:32

« 年末の仕事 | トップページ | 腰痛だ~ »