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2006年9月 8日

きょうは、日本の独立記念日

こんな話をしたら、なんと思うだろうか?

1951年(昭和26)のきょう9月8日、日本は長い第二次世界大戦に終止符を打ち戦争を終わらせた日である。

同時に、主権国家として外国から認められた、「独立記念日」なのである

そんなこと言ったら「何をわけのわからないことを言ってるんだ。終戦は昭和20年の8月15日だろうが」と、ほとんどの人は思うはずだ。

8月15日は国際法上、終戦にはなっておらず日本が降伏宣言をした日なのである

日本国内では9月8日を「サンフランシスコ平和条約調印記念日」とし、4月28日を「サンフランシスコ講和記念日」とそれぞれを称しているのだから無理もない

この条約を正式文字だと<Treaty of Peace with Japan>となり和訳すれば「日本国との平和条約」となるようだが
通称としてサンフランシスコ講和条約と呼ばれ中国やソ連などを除く49ヶ国が承諾調印をして日本はめでたく独立を認められた
その日が1951年(昭和26)9月8日、なのである。

だから、国際法上この日が正式な終戦日とされる、つまり日本と連合軍の戦争は昭和26年9月8日まで続いていたのである
これは、ほとんどの人が知らないと思う。わたしも知らなかった。

もっと変なのは日本政府である。吉田茂総理をはじめ6名の全権大使が調印し国際法上認められた日本の独立と終戦がしたのに、その後に衆議院承認、参議院承認、内閣承認を経てから正式な公布となり、条約が発効になたのは翌年の4月28日なったのである

つまり、日本政府から言わせると終戦になり独立した日は翌年の4月28日だから、その日まで戦争は続いていたことになるのだが・・・
議会で承認されなかったらどうなったのだろうか?国際社会が認めたのに日本政府が認めないとなったら今頃どうなっていたことだろう

ということできょうが日本の独立記念日であることと終戦が確約された日であることがわかったいただいたであろうか

参考だが
日本は「無条件降伏」をしたとされているがそれをしたのはドイツだけで、日本は天皇制や国会などがそのまま機能していたように、国民の権利条件がある程度認められた特殊な条件付降伏だったのである。
「無条件」にするとアメリカなどの進駐軍が権力を行使するのをしやすくするために誰かが考えた策略のようだ

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コメント

お邪魔します。
貴方より、ず~っと前に生まれて、当時は子供だったけれど、生まれていなかった、貴方の仰るとおり、終戦記念日が、終戦の日、日本は無条件降伏で、天皇制度の継続や、国会の機能存続は、日本国の歴史を重んじてくれた
(今は考えられないが)当時のアメリカの指導者の配慮が
有ったのかなと思ってました。私も単純ですね。玉井人さんのお話、勉強になります。
私の頭では、ついて行けないことが多いけれど、全部見せてもらってます。有難う御座います。

投稿: nanami | 2006年9月 8日 12:16

)nanamiさん

ある本でわたしも知らないことがたくさん書いてあり知ったので驚いたのが、
日本は「有条件降伏」だったことですね。無条件ではなかったのは初耳でした。
降伏調印書にも「我等ノ条件ハ左ノ如シ・・・」というように条件を提示していることがわかりました。

投稿: 玉井人 | 2006年9月 8日 12:47

先日、「その時歴史が動いた」の放送を見てました。
色々な駆け引きが行われ条約締結となり、そして今の日本があるんですね。
この平和が何時までも続くようにと願ってます。

投稿: MIDO | 2006年9月10日 13:17

)MIDOさん

ちょうどやってましたね、わたしの場合はほんのちょっとだけ見ました。
記念日にあわせての放送だったのかなあ、と後で思いました
もっと歴史の裏側には隠された知らないものが多いと思います。

そういうのが大好き人間のわたしには良い番組です

投稿: 玉井人 | 2006年9月10日 15:13

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