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2008年1月12日

埼玉の男性、12日ぶりに山から生還

またもや遭難が起きてしまった。埼玉の55歳会社員男性が山形県の布引温泉がある辺りから吾妻連邦登山、東側福島県にある西吾妻に到着予定だったのが予定日を過ぎても到着しないため「捜索救助要請」が出て捜索が開始されたのは13日前でした。

男性は登山のベテランでここも何度も経験があったのですが、吹雪に会い方向を見失ってしまったようです。この男性日ごろから携帯をもって歩かない人なので連絡もできなかったようです

そして、ここの山脈(安達太良連峰も含む)に潜む魔物にまた襲われてしまったようです
この魔物に襲われて遭難する人の共通点は「東へ向かっていたはずが西へ歩いていた」なのです
その逆の「西から東」というのは無いのです。毎回とても不思議に思います

この男性も同じ魔物に遭遇したようで、東の福島市側ではなく西の会津方面へ命がけの歩行をしていたようです。
遭難から12にめに自力で下山したのは裏磐梯グランデコスキー場近くでした

1日中7時間歩いて500メートルしか進めない悪天候の中よく歩き続けたと思います
食料は6日めで無くなり沢の水で飢えをしのぎながら歩いていたその体力は「さすがベテラン登山家(毎週登山をしていた)」だと感心してしまいます。

生還の決め手は「親兄弟がいる。死ねない」という思いだったそうです。

男性は「迷惑も掛けたしもう二度と登山はしない」と決意したそうです。
これだけの登山好きの方がそう思わせるほどひどかったのだと改めて感じてしまいました

何はともあれ奇跡的に近い生還がはたせて、良かったですね

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コメント

いや~このニュースには、びっくりしましたね。
私なんかとても生きていることはできないでしょう。
死んだ方が楽だなんて考えてしまいそうです。

投稿: もうぞう | 2008年1月12日 19:22

こんばんわ。
・「文章」を読んで。
それは、大変でしたね。
でも、「無事生還」して、良かったですね。

投稿: H.K | 2008年1月12日 21:42

山歩き2年ちょこちょこの私…
いい教訓にして山歩きをしていこうかと思いました。

投稿: hide | 2008年1月12日 23:00

)もうぞうさん

食料無しでの6日間を先が見えずに歩くその精神力はすごいですよね
 
 
)H.Kさん

無事生還がすごいです今日記者会見までできましたのですごい体力です
 
 
)hideさん

この方も十分わかっている方なのは予定日の倍食料を持っていたことでもわかりますが、さらに日数が掛かるとは思わなかったんでしょうね

投稿: 玉井人 | 2008年1月13日 00:11

私も冬山歩きますが一番怖いのは道に迷う事ですね。
なにせ雪山では道がわかりませんから、地形を熟知している必要があるわけで、それでも霧や吹雪では...
助かられて良かったと思います。

投稿: 秋ぎつね | 2008年1月13日 14:00

山で道に迷うって事は本当に良くあることです。わたしも、若い頃一人でアルプスを歩いたことも何度かあり、あの時、あのまま行ってたら・・・絶対遭難、って事は何度かありました。あの遭難された方の会見を聞きまして、「これは全て、自分の恥」って言ってらしたのを見て、さすが山男と思いました。でも、本当に助かって良かったです。
私の「宗教論争」に実に心打たれるコメントをいただきまして衿を正す思いです。丁度、今、ブログに刺激されて塩野七海さんの「ローマ人の物語」を読んでいまして、玉井人さんと同じ事が書いてあるのを読んだばかり・・・又、もう少し考えて取りあげてみようか???できたら・・・

投稿: 山口ももり | 2008年1月13日 19:38

)秋ぎつねさん

我が村には県民錘と言うのがあるんですが、そこに来ていた小学生が数メートル先のトイレに言ってくるといったまま道に迷い逆方向の沢で亡くなった事があります。
山の小さな起伏は気をつけないといけません
 
 
)山口ももりさん

山男としてはすばらしい能力がある方だと思います。
それゆえに起きたのかもしれませんが・・・
信仰について、そいうことを思ったのは最近です。ある人物の言葉は本当に目からうろこが落ちたようでした

投稿: 玉井人 | 2008年1月13日 21:01

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