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2009年1月16日 (金)

一日の始まりとは?・終りとは?

皆さんは「一日の時間は何時~何時まで?」と聞かれたら当然ですが「午前0時(12時)から次の日の午前0時(12時)前までの時間」と答えられることでしょう
そして「日付の境目」を聞かれたとしても「それは午前0時(12時)です。」と、答えることでしょうし、それが正解です。

ただ、この質問の仕方を
夜は何時まで?・・朝は何時から?だと思いますか?
という風にされると答えも変わってくるんですよね?

このアンケートのように、真夜中・朝、という認識での質問にすると「空が明るくなる前後=夜と朝の境目」と言う答えになってきます。
これは知識としては「午前0時を過ぎれば次の日の朝」という感覚より「午前0時=真夜中の12時」という考え方、イメージが強いからにほかなりません。
皆さんそうだと思います。午前1時は「朝の1時」ではなく「真夜中の1時」ですよね。

これが、テレビもましてや電気も無い昔の人々だったらさらに夜や一日の終了時間への考え方は今とは違ったものだったのは当然です。

昔の人、特に一般庶民の考える“一日の終了とは‘日没’”でした。
これはイスラム教、キリスト教、仏教、そして最も古い中国の儒教でも庶民レベルではまったく同じだったようです。

いい例が「クリスマスイブ」という考え方です
クリスマス・イブ=クリスマス・イブニングの略」であることは知っている人も多いと思います

このクリスマスイブニングを直訳すれば「クリスマスの夜=25日の夜」となりますので24日にケーキなどを食べて楽しむのは現代人の考えからすれば変な話になってしまいます。

ところが先にも書きましたように昔の人は「太陽が沈むとその日が終了した」という考え方ですから「日没=次の日の夜」と考えたのです
つまり現代の一日は「朝⇒昼⇒夜」ですが、昔は「夜⇒朝⇒昼」で夜が次の日の始まりなのです。

ですからクリスマスの夜(25日の夜)とは24日の太陽が沈んだ時間を指しているので、けっして25日前の24日を指しているわけではないのですね。

日本でも同じ考えが残っているところでは「おせち料理は大晦日の31日に食べる(28~30日というところもある)」という慣習のところが存在します。
これも「日没=日付が変わった」という考え方から来ていますから“大晦日の日没=新年”という考え方によるものです

仏教の初七日などの数え方は亡くなった当日を1日目と数えますね、これは孔子の教えの儒教での“命日は亡くなった前日から数える”という独特の数え方を使ったもので、これも‘日没後日付が変わる’という考えが基本なんだと思います。

イスラムの断食も日没後に解かれたりするのも「日没は一日の終了」の考えからです。

現代人も時計が刻む時刻に縛られず、日の出と日没でその日を決めるような暮らしをしてみるのも、たまには良いかもしれませんね

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コメント

う・うーん・・・なるほど・・・わたしは動物的な進化の過程にいまして、夏は極端に早起き、冬は起きるのが苦手でした。鳥みたいなんです。明るくなれば、起きて動き、暗いとジッとしています。今でも・・・流石に最近、夏、朝3時半ごろから洗濯機をガラガラ回すってことはなくなりました。近所迷惑でしょうから

投稿: 山口ももり | 2009年1月16日 (金) 18:56

)山口ももりさん

体内時計が正確に働いている証拠ですね

投稿: 玉井人 | 2009年1月16日 (金) 22:00

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