« NTT・・のしつこい勧誘の電話 | トップページ | 携帯通話が切れる木造住宅 »

2009年8月 6日 (木)

本当は“広島県産業奨励館”という名だったのに・・

日本初のバームクーヘンの製造販売をおこなったり広島県の特産展示会などを行った“広島県産業奨励館”←この名前を語る人、知っている人も、地元でも無くなりかけているんでしょうね。

現在の名前は通称「原爆ドームAtomic Bomb Dome)」正式には「広島平和記念碑Hiroshima Peace Memorial)」になってしまいました。
あんな姿になってしまうほど被爆したのにこの建物にはたった一人だけ助かった人がいたそうです。そのかたはその後どうしたのでしょうかね

きょうは原爆が投下された日、アメリカは今回も出席をしませんでした。
原爆は戦争終結のために最後の手段として使用した、平和目的」という国内教育をしているアメリカにとっては出席しにくいのでしょう。

実際は日本が降伏しようがしまいが原爆投下命令は出ていたわけですからね。
それに日本が停戦を決めたのは原爆投下が理由じゃなくロシアが友好条約を破棄し日本に攻撃を始めたからだったのですからね。

この第二次世界大戦では同じアメリカ人なのにとして認められずに戦場に駆り出され人種差別を受けながら日本などと闘いアメリカのために戦死した黒人の方達の思いはいかばかりだったでしょうか。

他にもアメリカインディアンの言語が軍事連絡暗号として使われたため通信兵としてのみ最前線に送られたアメリカインディアンの方達、この方たちの扱いは黒人よりもっとひどく、白人を襲うかもしれないと武器の携行を許されずに戦場を移動していたのです

広島に原爆が投下された昭和20(1945)年8月6日からちょうど20年後の1965年(昭和40年)の同じ日8月6日にアメリカでは「黒人投票法」が設立します。

始めて黒人が本当のアメリカ人として選挙権が与えられた日です。

それから40年ほど過ぎた今、その選挙権をもった黒人の中からアメリカ大統領が選出され「核廃絶」に少し動きだしたのは、不思議な因果ではないでしょうか。

殺したのも人類、殺されたのも人類、戦いを命令したのも人類、人類の国境等の垣根が無くなり戦争の無くなる時代は来るのでしょうか。

かわぐちかいじ氏の劇画「沈黙の艦隊」で主人公が国連の本会議場の壇上で最後に言う言葉が有ります

人類の名においてのみ‘われわれ’という言葉は存在します」

いろんなことが込められた言葉だと思いませんか

あるアメリカの学者がテレビで先月言っていました。

「アメリカ人は日本に来たら京都などを見るのもいいが広島や長崎て戦争で行ったアメリカの行為を知るべきである。
そして、日本人も真珠湾の戦争記念館に来て自分たちだけが被爆したかわいそうな被害者でないことを知るべきである」

この言葉「ただの戦勝国の言い分」と思いますか

そういえば、明日は立秋か・・。今日は「秋の節分」だったんですね

|

« NTT・・のしつこい勧誘の電話 | トップページ | 携帯通話が切れる木造住宅 »

コメント

今日、その産業奨励館の隣に実家のあった方が夕方のテレビに出てましたよ。原爆ドームの傍らに転がる瓦礫は、彼の実家の一部だそうで…
修学旅行生が彼にシャッターを押してほしいと頼んだ際、『イエーイ』とピースサインをしていたことに違和感を覚えたそうです…そりゃーそうだ。私は修学旅行で行ったけど、ピースして写真撮影なんかしなかったぞ。
アメリカも日本も残虐なことをした過去を抱えて生きて行くのだ。

投稿: くぽ | 2009年8月 6日 (木) 21:16

)くぽさん

そうですね。
壕の中にいた女子学生達が生きたままアメリカ軍の火炎放射器によって虐殺された沖縄にある「ひめゆりの塔」が観光になって、観光客がピースサイン・・それも違和感が有ります

投稿: 玉井人ひろた | 2009年8月 6日 (木) 21:53

先日見てきた「セントアナの奇蹟」と云う映画も黒人だけで編成されたバッファロー部隊が主役でした。それにしても、広島、あんなに全部綺麗にしてしまったら「なんだ、こんなに、回復するのか」って、かえって思われてしまうんじゃないかしら。惨状の跡そのまま遺すべきでした。今回、行って来た屋久島、本当に介護登山になりました。主人、心臓バクバク・・・ニトログリセリンで、回復・・・、もう年ですねえ。私自身といえば、主人がヘタって急にシャンとなり、荷物も全部持って平気のヘイザでしたよ。

投稿: 山口ももり | 2009年8月 7日 (金) 09:09

)山口ももりさん

ニトロを携帯しているんですか
それでも屋久島に行くあたり、すごい行動力だと思います

投稿: 玉井人ひろた | 2009年8月 7日 (金) 12:16

まだ少年だった頃、両親と原爆ドームを訪れたことがあります。
記念館で惨たらしい写真を見て、子供ながら心が痛みました。
勝てば官軍と言いますが、どちらにも言い分があります。(手前勝手な言い分も…)
戦争を終わらせるためと称して何十万人もの「一般市民」を殺戮したことは許せないというか、納得できませんね。
そんな暴挙にどんな理屈もつけられる筈はありません。
原爆だけでなく、東京大空襲もそうです。
戦争責任はどちらか一方ではなくお互いにあります。
常に戦争をしていないと成り立たない国、アメリカ。
正義のためと称していますが、一般国民はその本質を理解しているのでしょうか。
子供の頃アメリカ人といえば皆頭が良くてエリートだと思っていましたが、実際に向こうに行ってみると自分達は常に正しいと信じて疑わない無知な輩が大半を占めているように思えます。

投稿: がんさん@大和の国 | 2009年8月 7日 (金) 20:14

)がんさん

>戦争を終わらせるためと称して何十万人もの「一般市民」を殺戮した

上記は原爆をよく知らされていなかったトルーマン大統領が投下後に国民用につけたこじつけですね。

実際に投下したのはルーズベルトと動いていた軍部です。
各国の軍部にこう言う人が多くいたのでしょう

投稿: 玉井人ひろた | 2009年8月 8日 (土) 08:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 本当は“広島県産業奨励館”という名だったのに・・:

« NTT・・のしつこい勧誘の電話 | トップページ | 携帯通話が切れる木造住宅 »