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2009年8月16日 - 2009年8月22日の5件の記事

2009年8月22日

「救う会全国協議会」は不安を抱く

救う会全国協議会のメールマガジンで今回の衆議院選挙に当たりだされた与野党すべてのマニフェストにある拉致被害救出と北朝鮮対策に条件指摘が出されました

その中の<第3条件>が目をひきました

第3条件
金正日死亡などによる北朝鮮急変事態に備えて被害者救出緊急プランを作っておくことだ。
  ・・中略・・
各党のマニフェストには北朝鮮急変事態対策は何も書かれていない。しかし、選挙期間中にも急変事態が起きる可能性はゼロではない。
被害者救出作戦を実施するとき一番必要なものが情報である。一体、全部で何人の被害者がいるのか、被害者はどこに抑留されているのか、これらの基本的情報をいまだ我が国は持っていない。
  ・・中略・・
情報がなければ被害者を助けられない。・・(中略)・・国の主権と国民の安全を守るためには(CIAのような)情報機関が絶対に必要だ。このことも、どの党もマニフェストに書いていない。

これらの論点をぜひ選挙戦で具体的に議論していただきたい。

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2009年8月20日

携帯電話が光で話せる

今日は大正15年8月20日にNHKが始動した日と言うことで「NHKの日」という記念日になっているそうです。

電波と言えば最近は携帯電話の方が最も利用されている電波を使った通信手段でしょうね
その携帯が通じなくなって困る場合と言ったら・・

  1. サービス圏外
  2. バッテリー切れ
  3. 濡らして壊れた

等が多いと思います。
特に電源がとれない災害時、停電状態、山などで遭難、等の場合バッテリー切れは大変です

ということで、携帯電話会社は9月から「ソーラーバッテリー内臓・防水携帯」をこぞって販売するらしいです。

防水は既にありますが、太陽電池で通話可能な携帯が今まで出なかったのが不思議なくらいです
その性能を早く知りたいものです

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2009年8月19日

寃罪でも選挙権が復活しない・・?

足利事件(1990)で犯人とされ無期懲役になった「菅谷利和さん」が当時のDNA鑑定に誤りが見つかり「寃罪」が認められ、無罪放免となり釈放の喜びと警察への怒りの会見を行った報道はまだ記憶に新しいですね。

あの記者会見を見てほとんどの人が「長い空白の時間を戻すのは困難だがこれで普通の暮らしに戻っていける・・」と、漠然と思ったはずです

そしたら昨日18日告示された衆議院選挙、その選挙に菅谷さんは投票権が無いというじゃありませんか

地元選挙管理委員会の判断はこうです。

「菅谷氏は無期懲役が出された時点で公民権が失われ、それによって選挙登録人名簿から抹消され選挙権は無くなった。
現在、釈放されたが当時失った選挙権に関しては“抹消処分”はまだ公職選挙法上においては現在でも有効であると考える

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2009年8月18日

母が差し出した・・“お茶”

母親が「お茶 飲むが・・」と、小さな容器に入ったものを私に差し出した。「お茶?とはなんだ」と、受け取って見た

Img_2803 ←、確かに「緑茶」と、大きく書かれたものでしたが、それは「茶カテキン配合のハンドソープ」でした。

どこかで貰ってきたらしいのですが、「緑茶」の大きな文字を見ただけで・・
母は「お茶ドリンク」だと完全に思って後で飲もうとしていたようなのです。

ハンドソープ」の文字が有りますが、その文字は老いた母には見ずらく、それに戦時中育ちの母には「ハンドソープ」の意味さえ解らないわけですから仕方ないことです。

「これ飲んでたら、口と尻の穴から泡が出てるとこだったぞ」と、言ったら大笑いの母でした。

本当に、大笑いで済んで良かったです。

最近結婚式の引き出物にもお菓子そっくりの「石鹸」が有ったりしますが、事故防止のために「注意書き」を少し目立つように掲示してもらいたいものですね。

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2009年8月17日

昭和20年8月17日日本軍の“極秘救助作戦”

西暦1945年昭和20年のことです。
このころすでに日本が劣勢になっていた第二次世界大戦、元々開戦反対で停戦を考え始めていた東条英機前内閣(57歳)は劣勢の責任を取らされる形で1年前の昭和19年7月に政界から排除されて、
昭和20年には鈴木貫太郎(77歳位)42代内閣になっていました。

そしてこの鈴木内閣の時の8月15日には天皇によって停戦宣言がなされたのでした。
8月16日には鈴木内閣総辞職、同時に日本全軍に向け「停戦命令」が発令されます。
そして、8月の17日には43代東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣が発足します。

まさにその17日、大本営の密命を受けた一機の軍用機が岐阜県各務原飛行場を飛び立つのです

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