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2011年6月 7日

最後に残った「緊急消防援助隊」が“解散”

今回の東日本大震災で岩手、宮城、福島の被災3県を除く44都道府県から駆けつけ、救助や消火作業に携わった全国の消防隊員を「緊急消防援助隊」と称します。

その緊急消防援助隊は3月11日~6月6日の88日間で延べ約2万7千隊、総数約10万4千人になったそうです。

その特別救助任務の活動が、ついに6月6日をもって‘終了してしまいました’。

最後まで残ってくださっていたのは、活動が原発事故のため最も遅れて開始されることとなってしまった福島県で活動されていた「千葉県、埼玉県、神奈川県、栃木県」4県からおいでくださっていた約30隊の方達でした
その人たちだけで、昨日の6日福島市で救助活動終了を意味する帰任式が開かれました。

<総務省消防庁による発表>

緊急消防援助隊の救助活動によって3月11日~6月6日までに倒壊家屋などから助け出すことができた総人数は「4,614名」

本当にお疲れ様でございました。
海辺からはるか遠く離れた内陸のわが村でも、神奈川消防、埼玉消防、の文字が入った車両を幾度も見かけ「こんなところからおいで下さっているんだ」と、車両の文字や隊員たちの姿を近くのスーパーの駐車場なので見るたびに思ったものでした。

それでも隊員の皆さんは複雑な想いかもしれません。
やっと、帰宅できる安堵感と、福島県では2ヶ月近くも救助活動に入れなかったため津波等で助けをひたすら待っていたはずの何百人もの福島の人々の命を救い出せなかった無念さ、
たぶん福島県に残った4県の隊員の皆さんは特にでしょうが後者の無念の思いほうが強く残っていくのだろうと思います。

それは、津波で倒壊した家の中で「俺は生きているぞ。ここにいるぞ~」と叫びながら誰も救助に来ない海辺で亡くなっていった“一度は助かった”と思った人たちの無念さでもありますし、遺族の思いです。

顔も知らない他県の皆さんにまで、そんな思いをさせることとなった原発事故の傷の深さはたとえようも有りません。

福島県はこれから新たな難題を迎えようとしています。それは「放射能を恐れる人」と「それほど気にしていないか、開き直った人々」とのギャップであります。
わがやはなんとか考えを統一できていますが、他の家族間では相反する考えでいろいろトラブルが出始まっているようです。

「他人は己ならず」、自分の思いを人にも共用させようとするところに起きるトラブルは人間の悲しい一面ですが、それも人間らしいと思えばそのとおりですし、わたしはマイペースでいきたいと思います。

最後にもう一度、隊員の皆さんお疲れ様でした。

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コメント

本当に、責任者不在の戦場で、よく戦って下さいましたね、、--;) 感謝ですm(__)m

投稿: 空 | 2011年6月 7日 20:18

空さんへ

本当だ頭が見えないお国ですね

投稿: 玉井人ひろた | 2011年6月 7日 22:11

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