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2011年3月20日 - 2011年3月26日の8件の記事

2011年3月26日

大正4年、福島県の猪苗代湖から始まった

「猪苗代水力電気」という名の昔あった電力会社を知っているでしょうか?

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←は現在は文化財になっている福島県に有る「猪苗代第一発電所」のフォトです。

猪苗代湖からの唯一の出口である日橋川との境界にあるのが十六橋水門、そこにあった石造りのアーチ橋(明治13年(1880)完成)だったものを猪苗代水力電気が大正3年(1914)に電動式ゲートの水門に改築し発電施設にしたものです。

そのレンガ造りが旨く利用されているのが今でもわかります。

当時、世界第3位、東洋では最大の電力量を誇る発電所で、その電力を日本初の高圧送電線使用というやり方で“東京に電力の供給”を開始したのが今から96年も前の大正4年(1915)年のことでした。

猪苗代水力電気」という会社はその後「東京電力」に改名します。

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2011年3月25日

遥かかなたは、我が家の空か・・・

きょうの朝刊、相変わらず紙不足で2~3枚合わせの薄っぺらな新聞でございました。
その一面には公明党が政府に出した提案の見出し“30キロ圏内避難勧告”の文字が大きく書かれていました。

容は>
「民主党政府が出した福島県の30キロ自宅内非難区域では、商店などの町の機能が無く住民は食べるものも買えない有様である。
このままではそこの住民は“餓死”してしまう。早急に政府は、30キロ圏屋内退避から圏外避難勧告に切り替えるべきである

なかなか、それも一理有る話ではあります。実際に生活物資は届かず住民は公明党が言うような現状になっていますので否定も反対もしません

ただ、政府も言いましたが、私はこの新聞の見出しを見たとたん「30キロ圏内避難勧告=また原子炉が危険なのか?」と思ってしまいましたくらいですから、ほとんどの人が勧告を出したらそれこそ風評が高まり、現地住民のとろにはガソリンも物資も届けられない“餓死加速”が起こりかねません。
野党ですから、言うだけでいいでしょう。

昨日の我が村で開催された‘放射能と健康の講演’で最初のほうに質問に立ったのは、双葉郡浪江町(ふたばぐんなみえまち)から、津波に追われ、原発事故にさらに追い討ちをかけられて着の身着のままで我が村の避難所に非難されている方の質問でした

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2011年3月24日

とても解りやすい放射能のお話だった

きょう、福島県安達郡大玉村の大玉村改善センターにおいて県のアドバイザーに選任された放射線の後遺症を研究する医学博士「高村昇 教授」の講演と質疑応答の会が午後3時より開催されました。

※、高村昇教授(医学博士)長崎県生まれで学校も全て長崎出身でロシアチェリノブイリの後遺症も研究している
所属>長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 原爆後遺障害医療研究施設
専門>公衆衛生学・健康科学、放射線・化学物質影響科学、応用健康学

350人収容のセンターには本宮市、二本松市、大玉村、そして非難所に来ている浜通の方達が合計で約500名ほど集まり、放射能に対する不安がそのまま反映された形となりました

若い博士で、冗談を少し交えてニコニコと解りやすく放射能と健康についての講演でした。質疑にはいちいち質問者(約20名になった)に「質問ありがとうございます。」と言いながら真剣に聞いて、「今は危険ではない値であること」を噛み砕くようにご説明される姿、紛らわしい言い方をしない真剣な答えに、来場した全員が安堵の表情を浮かべ、笑顔で帰る事ができました。

教授の言葉で一番印象に残った言葉があります

長崎に原爆が落とされたとき‘長崎には50年は草木も生えない’といわれましたが半年後には草木が育ちました。
 私はその長崎で生まれました。小学校も中学校も高校も大学も長崎で現在も妻や子供と長崎に住んでいます。ですが見ての通り健康で元気ですよ

会場からは、なんとも言えない安堵の声が響き渡りました

なぜ、あいうふうに安心できる言い方がテレビでもできないのかとため息ができました。

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2011年3月23日

何気ないテレビの言葉が風評を作っている

テレビの全国報道>
被災地には食料や生活物資、ガソリンなどの送られる量が増えています

実際は・・・

運ばれているのは岩手県と宮城県、それに宮城県でも仙台市が主でその他のもっと広大な福島県の浜通地方(太平洋側の地域を言う)には何も来ていない

テレビの全国報道>
福島県には“トラックドライバーが放射能が怖いということでしょうか?”中通地方の郡山市まではトラックが行くが、いわき市などには行かないそうです

実際には・・・

トラックだって燃料が無くては走れないのです。東京から郡山市まで走行すれば400キロ以上にも距離がなるわけで、そこから‘いわき市’までの細く曲がりくねった、そして長い坂が続く峠道の往復で約200キロ近い道のりを燃料無給油で走行するような無謀なドライバーは普段だっていません。

テレビは福島県の広さ(北海道、岩手県に継ぐ第3位の県の面積。そして、いわき市より広い市町村は北海道にも無い)を知らないのです。郡山市~いわき市、郡山市~相馬市、その間の峠道のガソリンスタンドの件数の無さをも知らないのです。長い長い距離のことを知らないのです。だから、簡単に行けると思っているのです。

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2011年3月22日

なんてこった・・俺たちは‘ばい菌’じゃじゃないぞ

なんてこった、福島県の牛乳は出荷禁止、物資は揃わない、ガソリンもこない、コンビニの棚はガラガラだ。どうなるのか?これから

それどころじゃない・・
県外の旅館に泊まろうとした人が「福島県の・・・」と、言ったとたん「福島県の人は宿泊お断り」と断られる例が出ているというのです。(これは違法行為です)

無償で避難民を受け入れている宿泊施設が沢山おられますが、こういう「法定伝染病患者」に対するような対応をやっているところも現れているのも事実なのです。

風評被害は広がる一方です。

ここで福島県で牛乳の出荷が止められた酪農農家の言葉「俺たちは何も悪いことをしていないのに・・・・

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放射能についてのQ&A

環境放射能が人体に及ぼす影響等について
(平成23年3月20日)

このQ&Aは、平成23年3月19日付けで福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任された長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科長(医学博士)山下俊一氏の(福島市での)記者会見時における内容をとりまとめたものです。

Q 福島市で環境放射能の測定値が1時間当たり20マイクロシーベルト(μSv/h)と高くなっているが、安定ヨウ素剤の配布は必要ないのか?

1時間当たり20マイクロシーベルトの放射線が降り注いだとして、人体に取り込まれる量は約1/10の1時間当たり2マイクロシーベルト以下か更に少ないと考えられます。2マイクロシーベルトを24時間受け続けたとしても約50マイクロシーベルトにしかなりません。
世界中には、1年間に10ミリシーベルトや50ミリシーベルトの被ばくを自然界から受ける放射線の高い地域があり、その環境下に住んでいる方々でも、将来ガンになるリスクは、他の地域の方々と全く変わりません。
安定ヨウ素剤の配布は、その場に24時間滞在すると50ミリシーベルトを超えると予測される場合になされます。現在の1時間当たり20マイクロシーベルトは極めて少ない線量で、1ヶ月続いた場合でも、人体に取り込まれる量は約1/10のため1ないし2ミリシーベルトですので、健康への影響はなく、この数値で安定ヨウ素剤を今すぐ服用する必要はありません。
※1ミリシーベルト/毎時=1,000マイクロシーベルト/毎時

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2011年3月21日

小さな視聴者からの声に愕然!

毎夜、毎朝、震度3以上の強い揺れの地震で起こされるのが日課になりました。テレビは少しづつ通常番組が多くなり、気分的にも楽になった気がします。

今朝も、いつも見ていたNHK朝ドラを食事をしながら見たあと、これまたいつもの番組を見ていました。
そこでは震災に遭った人々に激励や暮らしのアドバイス等、全国の視聴者からのメッセージがまず紹介されています。

その紹介の最初のは小学生からの手紙でした

ぼくも東北の“岩手、仙台”で地震の被害を受けた人たちの為に灯油等を節約してます・・・・

上記のような文書内容でしたが、わたしは「福島県が入ってない」と愕然としましたね

現在分かっているだけで、我が福島県内の津波や地震災害での死者行方不明者を合わせると5100名を越しています。現在さらに増え続けていて今まで最大の被害者を出した阪神淡路での死者6000人以上に福島県のみで迫っています

子供は正直と言いますが、たぶん津波映像がほとんど無いため「福島県は津波被害が無かった(茨城、千葉)」と、子供は思っているんでしょうね。

今までも書きましたが、まったく冷遇された福島県の死亡行方不明者たちです。

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2011年3月20日

震災時に「政権」の言葉を口にする自民党の考えに「?」

菅総理が与野党を超えて自民党代表の谷垣総裁に「入閣」を申し入れたが、断りましたね。

自民党の言い分としては「順序が違う。いきなり入閣は考えられない」とか、「震災を利用して“連理政権を樹立しようとする菅総理の企み”には賛同できない」とかの理由を発表しました。

谷垣自民党総の話
「今回の話は、震災対策そのものというより、政権の枠組みに関わる問題で、政策協議もないままではあまりにも唐突ではないですか」

まだ、自民党はこの非常時に「政権奪回」を優先するのかと、あきれ果てました。

どのくらいの災害か、まだ理解していない政治家が自民党には沢山いるんだなと落胆しました。
民主党もグラグラではございますが、つい最近まで政権を取っていて今でも野党第一党でもある大きな政党の自民党はもっと変な党になってしまっていたようです。

今、閣内に入り手腕を振るえば自民党の支持率は急激に上がったでしょうに、それより被災した現場からの政治家全体に対する期待度が少し上がったでしょうにdespair

母曰く「自民党は何考えてんだ?何してんだ?今。政権争いしてる場合じゃねぇべ!党だの言ってる場合でねぇべ!」

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