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2012年8月 4日

八十里越の峠道

タイトルにもした「八十里越」という地域名を読めるでしょうか?

これは福島県只見町と新潟県三条市の間にある険しい山や谷が連なる難所中の難所の峠で、冬は豪雪地帯でもあります。
その距離は約8里ほどなのですが、あまりにも険しい難所の峠のためその距離が10倍の80里にも感じられるとしていつしか「八十里越(はちじゅうりごえ)」と言われるようになり、それが地名になったところです。

この国道289号は長年道路工事が続けられていますが、その自然環境の厳しさは人間を拒むようにいまだにトンネル工事なども完成せず、今年の大雨も影響して開通は見通しもたっていません。

ただ、工事用道路は徒歩なら通れるため八十里越地点開発促進期成同盟会は7月26日(金)工事中の「八十里越」県境の9号トンネルの只見側入り口付近で、一日も早い全線開通を願って「県境初越え記念子供交流イベント」を行い、徒歩でではありますが完成すれば結ばれる只見町と三条市の小学生約20人ずつが行けるところまで車で行き、仮橋の只見町側で対面するということが行われました。

その仮橋の両端まで新潟県三条市の國定勇人(くにさだいさと)市長は挨拶の中で、「150年ほど前に新潟県長岡藩の家老河合継之助が只見町の地を訪れて以後、新潟と福島との間でこの八十里越の峠を介した往来はほとんど途絶えたが、この日再び、これから先の日本、福島、新潟を担う小学生が初めて仮橋を渡り初めして新潟県に入る、歴史的にこの仮橋を渡って三条市に入る最初の旅人になってもららいたい。

そして、きょうの日を忘れることなく語り継いでほしいと願って「きょうは皆さんにとって一生忘れられない日になると思います」と言うような挨拶を行った模様です。

近くて遠い隣県の新潟県は、福島県にとって日本海に出るための最短距離にあるところで大昔から京や大阪の文化経済交流の最短距離でもあったのですが、その険しい山と自然環境が隔離するかのように存在していました。

自動車道なども開通はしていますが、やはり一般道路が開通するのが本当の開通だと思います。

もし、この道路がもっと早くに開通していれば中越地震や東日本大震災のときもとても役に立ったはず・・・だと思います。
たぶん。

 

 

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コメント

こんにちは。
公人は口を開けば通り一遍の「国民の生命財産・・・」と始まりますが、玉井人ひろた様の言うとおり、最近は特に有事の際に向けたインフラ整備が大切かは国民の皆様が身を持って感じていると思います。「熊と猿しか歩かない立派な歩道・・・」と揶揄し、費用対効果を言っていた首長もいますが、一日も早い開通を願う一人です。

投稿: えちごのじご | 2012年8月 5日 10:25

えちごのじごさんへ

新潟県にとっては太平洋、福島県にとっては日本海というのは近いようで最も遠い海洋である気がします。
災害時にはルートは多いほうが役に立つものですよね

投稿: 玉井人ひろた | 2012年8月 5日 13:34

この道路、ずっと前から「あと10年ほどで完成します」と言われて今日に至っています。
六十里越は冬期閉鎖ですが、この八十里越えは通年道路とのうわさがあります。

早期完成は地元の悲願ですが、このような未完の道路は全国に多数あります。
縮小社会にあって、本当に必要なインフラとは?

私の地元の範囲内ですが、あえて苦言を呈してみました。

投稿: もうぞう | 2012年8月 7日 19:58

もうぞうさんへ

たぶん新潟県側より、福島県側の方が必要性を感じている道路だと思います

投稿: 玉井人ひろた | 2012年8月 7日 22:44

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