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2012年9月 5日

大玉村の仮設住宅、避難者の思い

東日本大震災後に我が村には福島県の要請に答えて600戸以上の仮設住宅が建設されましたことは、以前にも記事にしました。
そして、その仮設住宅の60%ほどが空き家のままで、診療所なども有りますが利用者があまり多くない状態であることも書きました。
増えない理由は、良いところだが公共交通機関が無いことや、スーパーなどが有るところから離れた位置にあること、冬でも温暖な浜通りの方たちには村の寒さが厳し過ぎる場所であることなど様々なようです。

ここには、ほぼ富岡町(とみおかまち)の方が避難し暮らされています。
そのため村には、仮設の富岡町役場大玉支所も存在し、仮説ですが大玉村役場の隣に建設されて業務が行われています。

富岡町は、郡山市、三春町、大玉村に分散されて仮設住宅で暮らしていますが、今では元の町により近い太平洋側のいわき市にも仮設住宅が建設され、現在ではそこのほうが人数が一番多い状態になってきています。

そのため、仮設住宅が不足となり県は富岡町の要請を受け増設することにしたのですが、その増設にわが大玉村の空いている仮設住宅を200戸分移築して対応するようです。

そうなると、ただでも少ない人数の約300名あまりの大玉村仮設住宅に住む人々が減っていく可能性も考えられます。

さて、それではそこに住む人々の思いとはというと、こんな声が聞こえてきています

「自分の家に戻りりたい」

この思いが高齢者を中心にあるようです。

その思いを聞けば「やはり故郷へ帰りたいんだなあ」と思ってしまうでしょうが、それが違うんです

ここでいう避難者の「自分の家」とは、故郷の住んでいた家を指すのではなく「どの地域でも良いから(仮設じゃなく自分の家で暮らし住みたい」という思いなのです。

長引く避難生活で自分の家屋や土地の扱い方を国などがはっきりとした方針を立て「買い上げるなら買い上げてもらって、その金で自宅を建てて住みたい」という考えが広まっているようです。

「もう、避難暮らし(仮の生活)は限界だ」という思いが支配してきている現実、国や県などは把握しているのでしょうか?疑問です

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コメント

その通りだと思います。
年寄りなんかは、今すぐにでも帰りたいと思う方も多いようです。
しかし今まで住んでいた人たちの9割方が帰らないと村の生活は難しいでしょうからね~

村がだんだん荒れていくさまを見るのは、切ないことでしょう。

投稿: もうぞう | 2012年9月 5日 19:58

もうぞうさんへpencil

子供たちは、こちらの近くの学校に通っていますし暮らしは故郷から離れ始めている中、はっきりしない将来が一番つらいそうです

投稿: 玉井人ひろた | 2012年9月 5日 20:15

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