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2013年3月14日

「主権回復の日」・・・有頂天?

昭和26年(1952)9月8日に連合国(戦勝国)と日本との間でアメリカのサンフランシスコに置いて「サンフランシスコ講和条約」が調印されました。
ただこのときの吉田茂総理大臣は日本の国会での承認を得ず独断での調印だったため、国内では翌年の国会の承認を得て昭和27年(1952)4月28日に正式に発効することになりました。

これらの歴史経緯などを踏まえ、安倍内閣は3月12日(火)の午前中に行われた閣議においてその国内で発効した昭和27年(1952)4月28日が‘日本が主権を回復した日に当たる’として、この4月28日を「主権回復の日」という記念日と定め、天皇、皇后両陛下も出席される政府主催の式典を開くことが決定しました。

ただし・・・
昭和47年(1972)5月15日の本土復帰まで、その日から20年間もの間米軍統治下に置かれという講和条約の条件下におかれという屈辱的扱いを日本政府から受けた沖縄や奄美群島などの人々にとって、‘4月28日’は沖縄県で「屈辱の日」と呼ばれるように、今回の式典開催決定には反発する声が多く出ているようです。

たぶん「また大和人(ヤマトンチュウ=本土の人)は、俺たち琉球人(ウチナンチュウ沖縄県人)を軽視・蔑視した」と、思っている方々が多いのでしょうね

ですから沖縄県民に配慮して官房長官などからは少し慎重意見もあったようですが、安倍総理の「戦後の若者に筋目の日を知らしめることは大事」というような強い考えが反映され決定されたようです。

普天間米軍基地県内移設問題を含め、まるで安倍政権は沖縄県民の心を逆なでしているかのようにしか見えません。

こいう記念日などを決めるという、まるで有頂天に見えるようなことをした今まで政権はすべて何かしらの重大なスキャンダルが噴出しマスコミにたたかれ、そして総理交代となっていくのを何度も目にしました。

今回も、それが起きそうな予感がするのは私だけでしょうか?

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コメント

わりと自分の思うように進んでいるので?ちょっと調子に乗りすぎじゃないですか?

投稿: もうぞう | 2013年3月14日 19:38

もうぞうさんへpencil

二度目の総理ということで‘慣れ’も相まっているのかもしれません

投稿: 玉井人ひろた | 2013年3月14日 19:47

う・う・・・・ん・・・いろいろな思いはありますが・・・他の国々の歴史に比べ、相手はアメリカで、まだしも良かったと思うのですが。勿論、沖縄とか基地とか・・・問題はあります。

投稿: 山口ももり | 2013年3月15日 07:29

山口ももりさんへpencil

人種や民族などいろいろな意味で、多様な国家ですから民主的だと言えますね

投稿: 玉井人ひろた | 2013年3月15日 08:24

全て、庶民の目線からはずっと空中を浮いている感じは否めません。

投稿: 空 | 2013年3月15日 17:12

空さんへpencil

自民も民主も無いですね。やはり同じ穴の・・だったようです

投稿: 玉井人ひろた | 2013年3月15日 17:22

大戦後、日本は国際法上「占領」されたのであって、主権が無くなったのではないのですがね。占領下、天皇陛下も総理大臣もいたし、内閣も各省庁も機能していたし、日本法が適用されていたし、裁判所も裁判をしていたのですが。昭和55年10月9日に衆議院予算委員会で奥野誠亮法務大臣が「昭和二十七年に独立するまでは主権は日本になかった」と発言し問題になり、その日のうちに発言を取消し謝罪し「主権は日本にあった」という政府公式見解が出たのですが。しかし、日本に主権がなかったのなら「日本は消滅した」「皇位は断絶した」「国体は護持できなかった」となるのですが、国体護持のみを願った当時の保守派が聞けば卒倒ものですね。あと「日本は独立した」と言いますが、どの国から独立したと言うのでしょうか。ばかばかしい限りです。
あとサンフランシスコ平和条約は、右翼の人が大嫌いな極東軍事裁判の判決を日本が受諾した条約でもあるのですが、分かっているのですかね。

投稿: 左翼 | 2013年3月16日 01:28

左翼さんへpencil

まさにおっしゃる通りです。私が知っている歴史と同じ考えで驚きました。

>サンフランシスコ平和条約は、右翼の人が大嫌いな極東軍事裁判の判決を日本が受諾した条約

これによって当時の日本政府や役人は、判決の遂行まで移行され「日本人が日本人を裁く」ということになり、そうとうに辛い思いをしたと言われていますね

本当は‘条件付き’降伏だったのを、当時の政府としては「日本が無条件降伏した」と言った方が政治と国民意識を改革していくうえでやりやすかったと考えたほうが納得しやすいと思います。
それによって、意識改革は旨く進んだのですが、日本の史実まで少し変化してしまう弊害が出てしまったと思います。

投稿: 玉井人ひろた | 2013年3月16日 08:38

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