« [C]・・・とは? | トップページ | 郡山市と青森市で○〇が敗北 »

2013年4月14日

「日輪寺の紅枝垂れ桜」・伊達氏・二本松氏

本日はお日柄も天候も良く、福島県の‘枝垂れ桜番付’で、横綱の三春町の「滝桜」に次ぐ大関の番付に位置されている、我が村と隣接する本宮市の「日輪時の紅枝垂れ桜」を見に行きました。
ちょうど満開で、日曜日と言うことも相まって狭い境内の駐車場は桜見物の人と法事の方々の車とで満車状態でした。

Img_2035

Img_2037

Img_2039

Img_2040

Img_2038

流石に大関の番付の桜、圧巻でございましたし、気温が高くて“暑感”でもありましたcoldsweats01

でも、見に行ってよかったです。

尚、桜の謂れなどが書かれた看板も撮ってきましたので、詳しく知りたい方は画像をクリックして読んでみてください。

さて、このお寺についてちょっと歴史講釈をいたしましょうcoldsweats01

Img_2041

 <日輪寺とは?>

  • 塩波山華蔵院日輪時
    (えんばさん かぞういん にちりんじ)
  • 天台宗
  • 応永 7年(1400)ごろ旧本宮町北町に開山
  • 慶長13年(1608)現在の本宮町の原型を作った上杉景勝の家臣「小沼貞長」によって、同人が計画して作った新南町に移築され、そのときに寺の名前が現在の「塩波山華蔵院日輪時」に改められた
    ※、この年、同時に旧青田村から「誓伝寺」が移築、そして旧高木村から「宝蔵寺」が移築され、その檀信徒も移動が始まり旧本宮町は一気に大きな町へとなっていく。
  • 明治37年(1904)、度重なる火災に見舞われた日輪時は、最後に現在の場所、天正13年(1585年)に「人取り橋の合戦」という戦いが起きたときに伊達正宗軍が本陣を置いた場所でもある「本宮市本宮山田(もとみやしもとみやあざやまだ)」に移築される。
  • 昭和45年(1970)に貞観18年(876)創建の福寿山真了院宝蔵寺と法人合併し現在に至る。
  • 天台宗の高層「慈覚大師」の肖像画の掛け軸を保有している、東北では数少ないお寺の一つである
    ※、慈覚大師は日本人で初めて「大師号」を天皇から授かった僧である「円仁上人」のこと
  • 現在の日輪寺住職である「高松義行(たかまつ・ぎぎょう)」氏は、本宮市長をも務めている。

上記の説明の中ででてきた「人取り橋の合戦」をもう少し詳しく説明しますとこうなります。

人取り橋の合戦ひととりばしのかっせん)>

天正13年(1585年)11月17日開戦の戦いで「高倉合戦(たかくらかっせん)」や「古観音堂の戦」とも地元では言われていました。
これは、二本松城に攻め込んできた米沢城主の伊達政宗の軍7千人らに対し、二本松城主の「二本松義綱(
にほんまつよしつな畠山国王丸)」と、援軍の常陸の「佐竹義重」と、会津の黒川城主(現在の会津若松城=鶴ヶ城)「蘆名亀王丸」、相馬氏などの大連合軍3万人とが、激しい死闘を行った合戦のことであり、伊達正宗はこの戦いで負傷しています。

戦は堅固な二本松城や相馬氏などの反伊達市軍の激しい抵抗のため、間をおいて天正17年ごろまで続く長い戦になりましたが、ついには伊達正宗が勝利し二本松城に入城、城主には伊達正宗の重臣の伊達成美(だてしげさね)を着かせるに至りました。

この合戦によって伊達家領になったこの地は、近隣の<本宮城、糠沢城、高倉城、百目木城、高玉城、苗代城、高木城、安子ヶ島城、宮森城・・等々>のお城がことごとく消えていくこととなっていきます。今でもその城跡だけはいくつか見ることができます

国道4号線脇には、その合戦場跡に記念碑が立てられていますので気が付いている人は多いと思います。

ところで、この日輪時の枝垂れ桜の周りの墓石のあちこちにはこんな光景も有りました。

Img_2036

東日本大震災によって倒壊し、2年以上が過ぎても未だに直されない墓石、土手、寺院の建物の姿でした。

復旧の現状とはこんなものなのです。

|

« [C]・・・とは? | トップページ | 郡山市と青森市で○〇が敗北 »

コメント

震災の年にここへ行ったときには、墓石の倒壊がすさまじく、満開の日輪寺のしだれ桜とのギャップに唖然としたのを覚えています。随分お墓も修理されましたが、“玉井人ひろたさん”の写真のようにまだまだそのままのところもあるんですね。
この桜を植えられた方は、その未来の姿をどんなふうに思い描いていたんでしょうね。

投稿: koji | 2013年4月15日 02:29

年取って余裕が出来たせいか近年は毎年のように見に行ったのですが、大震災以来は精神的な余裕がなく危険と言う警告もあって訪れることがないままでしたweep
相変わらず圧巻の容姿に励まされる思いです!
また様々な蘊蓄に目から鱗の思いで感謝です

投稿: 空 | 2013年4月15日 07:19

kojiさんへpencil

墓地の諏訪氏の御先祖さま方は意外に「こんな災害は何度も遭ったし、さすけね」とか、行っているかもしれませんよ
 
 
空さんへpencil

何度も訪れていらっしゃるんですね。
この場所は、意外と見つけにくい場所ですから初めての人は迷うことが多いかもしれませんよね

投稿: 玉井人ひろた | 2013年4月15日 08:47

新潟はサクラの古木が少ないです。
古木はやはり「枝垂れ」が良いですね~

投稿: もうぞう | 2013年4月15日 09:45

もうぞうさんへpencil

福島県の場合三春の「滝桜」があるので、なお一層枝垂れ桜が多いんです

投稿: 玉井人ひろた | 2013年4月15日 10:03

立派な桜ですね。

投稿: がんさん@大和の国 | 2013年4月15日 11:32

桜の木が立派ですね。南のほうではこんな立派な桜の木は滅多に拝めません。歴史のある木なのですね。勉強になりました。

投稿: 吉田かっちゃん | 2013年4月15日 11:57

がんさんへpencil

ありがとうございます。この他に県内には樹齢300年以上の巨古木の枝垂れ桜が沢山あります
 
 
吉田かっちゃんへpencil

同じ日本なのに、なぜ無いんでしょうね?。気候なんでしょうか

投稿: 玉井人ひろた | 2013年4月15日 17:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46632/57173022

この記事へのトラックバック一覧です: 「日輪寺の紅枝垂れ桜」・伊達氏・二本松氏:

« [C]・・・とは? | トップページ | 郡山市と青森市で○〇が敗北 »