« 記憶が薄れてきている? | トップページ | 2011.23.3.11 »

2014年3月10日

3月10日と‘ジェノサイド’

昭和20年(1945)の3月10日、東京大空襲が行われた日で毎年「3月10日」には都内各地で追悼の行事が行われています。
この空襲はアメリカ軍の「日本全土焦土化作戦」と言われたもので、アメリカ軍の(ボーイング29型機=B29爆撃機300機以上で東京を焼き尽くし、民間人10万人という大量虐殺(ジェノサイド)でした。(ただし、天皇陛下がおられる皇居は攻撃しないことが厳命されていた

この行為は原爆投下と同じく、戦争犯罪でもっとも重い「Cクラス戦争犯罪(C級戦犯=一般人大量殺害)」に当りますが、戦勝国であるアメリカが自国軍を裁くことは無く肯定されてしまいました。

きょうの3月10日というのは中国のチベット自治区では『チベット民族蜂起記念日』という記念日になっています。

昭和34年(1959)のこの日、チベットの首都ラサで中国共産党政府のチベット族への酷い弾圧などの悪政に反撥したチベット民族が決起暴動を起こし、その暴動を鎮圧するため中国共産党から軍隊が送り込まれ、チベット人を何万人も殺害した日なのです。

この事件が起こるまでの経過をみると、中国が抱える問題が見えてきます。

  • 1949年頃、毛沢東の中国共産党部隊がチベットの北東部から東部(カム、アムド)にかけて進駐を開始。
  • 1950年までに5000人以上のチベット人兵士が中国軍によって殺害される。
  • 1951年、情勢悪化を考慮した、中国政府は平和的解放の政策を選択し、17ヶ条の協定とその付属文書の調印に至る。
  • しかし、その協定「チベット独自の宗教、文化、伝統的価値が保護される」は守られることは無かったので、チベット族は共産党に改善するよう再三訴える
  • 1954年~1955年、毛沢東をはじめとする幹部全員が自治区の履行に向けて道筋をつける準備委員会を設立することに合意
  • 1956年頃からチベットにおいて極左政策が敷かれ、中国人役人が強制的もしくは故意に17ヶ条の協定の条項を破るなど弾圧が増しチベット族の生活状況は最悪になっていく。
  • このような絶望的な成り行きはチベット人に選択の余地は無く、1959年3月10日、チベット人は平和的蜂起のために立ち上がった。

毛沢東と中国共産党による‘協定無視’、‘民族と文化弾圧’によっておきた蜂起であることがよく解るものです。

これを鎮圧するため無差別に一般人を殺す、それは信じられない国家の有りかたですが、実際に起きたことなのですから、そのうっぷんは未だに残っているのが当たり前でしょうね。

中国共産党政府が最も恐れているのは、これに同じ漢民族が共闘することでしょう。だから、第二次世界大戦で戦勝国でもない中国が、必死にその矛先を日本に向けているのでしょうね。(戦勝国は現在の台湾)

いずれにしても、3月10日は一般人が大量に殺戮される歴史が重なる、ちょっと嫌な日ですね。何か因果関係があるのでしょうか?

|

« 記憶が薄れてきている? | トップページ | 2011.23.3.11 »

コメント

中華民国、今はもうだれも言わなくなりましたけどね~
いわゆる台湾ですが、ここは国として認められているのでしたっけ?
おっと話題がずれましたね。

投稿: もうぞう | 2014年3月11日 19:10

もうぞうさんへpencil

国としてはっきりと認めているのは「バチカン市国(ローマ法王)」など数国ですね。

日本とアメリカは公式では中国の一部としていますが、非公式には独立国家と扱っているという曖昧なものです。

投稿: 玉井人ひろた | 2014年3月11日 21:56

戦勝国は現在の台湾・・・蒋介石と蒋経国のことですか

投稿: 山口ももり | 2014年3月14日 08:58

山口ももりさんへpencil

その通りです。今の中国(中国共産党政府)は常任理事国の権利だけ数年後に台湾に代わって取得(強奪)しただけの国家です

投稿: 玉井人ひろた | 2014年3月14日 09:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46632/59270054

この記事へのトラックバック一覧です: 3月10日と‘ジェノサイド’:

« 記憶が薄れてきている? | トップページ | 2011.23.3.11 »