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2014年8月12日

‘墓石に水をかける’墓参は、是か?非か?

いつのころか、「墓石に水をかけるのはマナーに反する」という考え方が広まり、墓参りの際に墓石に頭からジャブジャブと柄杓で水をかける人が減ってきました。

私の子どものころは、そんなことや墓参そのものにそれほどいろいろ小難しいことを言う人は無く、彼岸やお盆の墓参りというのはどこかレジャー気分のようなものでした。

ですから、水をかけたりかけなかったりとその地域や家ごとのやり方の墓参でしたし、その行為の意味も知ること無く、ただ親や祖父の真似をしてきたものです。

ところが、テレビ普及とともに東京の墓参の様子がドラマなどで映されると、それを真似るようになって、手桶に水を入れ柄杓で墓石に水をかけるあの姿が墓参の基本のようになってきた感があります。

あるとき、人気占い師のテレビバラエティー番組でその占い師(細〇数〇(?))が、墓参の際に墓石に水をかける行為についてこんなことを言い放ったことで、その行為が全否定されます。

  • 墓石の上から水をかけるのは、御先祖様や仏様の頭から水をかけているようなもの。
  • 墓石の上から水をかけるのは、人から水を浴びせかけられる冷ややかな人生になって しまうようなもの。
  • かけてもいいがご先祖様の身体をきれいにするつもりでちゃんと拭かなくてはならない。

これが、水をかける本来の理由を知らないまま、全国でその占い師を信じる人達によって広まり、そして「墓石に頭から水をかける行為はマナー違反」という考えが定着したようです。

さらに、墓石などを扱う石材店によれば、墓石にカルシウムを含む水道水は、墓石を汚す原因になったり、雑巾などで墓石をゴシゴシと拭くのは石の表面が傷つき苔が生えやすくなったりするので、あまりやらない方が良いとされていることが紹介されたこと、そしてもともと水をかける行為をしない浄土真宗大谷派などの考えも加味されたようです。

では、墓参りに墓石に水をかける(打ち水)という本来の意味は?というと、次のようなものになっているようです。

お墓に水をかける意味とは?

<仏教的な説>

  1. 『人間は死んだあと、六つの世界を輪廻(りんね)する。その六つの世界のうちの餓鬼界(がきかい)には水がないため、死者はひどい飢えと乾きに苦しめられる。』

    
もしも、ご先祖様や亡くなった身内がその餓鬼界(がきかい)に落ちていたなら上水が欲しくて苦しんでいるかもしれず。
そこで、ご先祖様の苦しみを少しでもやわらげるために墓石に水をかける。
  2. 墓の周りは餓鬼(がき)という下等な鬼が徘徊しているとの考えがある。
    餓鬼は常に飢えていて、ふだんは水を飲むこともできないが、お墓にかけられた水は飲むことができると言われ、その可哀そうな餓鬼にすら水をあげるという仏の慈悲の心を象徴する行為が水をかけることである。
  3. 水は「清浄なもの」の象徴で、水をかけることにより、ご先祖さまの霊を清めるとされている(故人の生前の罪をも清めると考えられた)。

<民間信仰的な説>

  1. ご先祖の魂を呼びだすために、お墓に水をかけるのだという説。
    墓石に水をかけることが合図となり、ご先祖様の魂がお墓参りに来た人の前にあらわれるという考え。
    この場合には1杯、2杯ではなくたっぷりとお墓全体が濡れるほどにたっぷりと水をかけるのが作法。
  2. 土葬であったころは、ご遺体が自然に帰ることを促進する意味もあったと考えられる
  3. 人は仏になっても、のどが渇くから。

つまり、水をかけるのはお墓をきれいに洗うためではなく、清め、供養の意味があるようです。

ということは、掃除と水をかける行為は別物と言うことになりますから、いきなり水をかけて拝むのではなく、まずお掃除をして綺麗にしてから、新たにたっぷりと水をかけ(打ち水)て礼拝するのが順序と言うことになりましょう。

いずれにしても、以前も記載しましたようにお参りするその考えがもっとも尊く重要なことで、その供養の仕方は千差万別、十人十色が常識です。
先祖や亡き家族や大事な人を供養している行為に、他人が「そのやり方はダメだ」とか言うこと自体がほんとうに余計なお世話であり、墓参のマナー違反だと思います。

気になる行為やお供え物を見ても、慈悲の心で受け止めるべきでしょう。

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コメント

墓石に水をかける理由、仏教的にも民間的にも
ちゃんと理由があるのですね。
それぞれの家でそれぞれのやり方でお墓参りしても
いい気がします。
余程迷惑な墓参りの仕方で墓参りをするのでなければと
思います。

投稿: 浜辺の月 | 2014年8月13日 00:03

本当にそう思います。宗教は元々心の問題で、一元的に片付けるものではないと思います。よほど非常識な行動でない限り、十人十色、それぞれの心からの供養でと思います。…極端な話、お父上の葬儀に普段着のまま駆けつけ、位牌に線香の灰をぶつけた織田信長のエピソードはドラマや映画などでお馴染みですが、不躾なと眉を潜める以前に彼の張り裂けそうな悲しみを思いますね…(-.-;)

私の祖父は暑い盛りに仕事中に倒れて数日患ったまま亡くなりました。祖母が「暑い思いしたんだから…」と言って「水をたっぷりあげてやれ!」「お墓に水をかけてやれ!」と言うのが口癖でした…(^^;)

投稿: | 2014年8月13日 08:01

水が欲しくて苦しんでいるかもしれず…このことが一番私にはぴったりきます。先日、TVで言っていましたがお墓参りに行ったお供え物は・・・食べるのが一番良いって言ってました。お墓に置いたものはちょっと食べる気にはなりませんが、仏壇のお供えのご飯なんかは食べたらよいと思います。お盆のお供えの野菜や果物、ごはんなんか、以前は大文字の送り火の日に捨てたものでした。

投稿: 山口ももり | 2014年8月13日 08:51

浜辺の月さんへpencil

その通りだと思います。それぞれの家のやり方や解釈でも、その家族のご先祖様ですから理解されていると思います
 
 
空さんへpencil

織田信長の話しは、私も同じことを思いました。
あの思いは、経験した人なら解ると思います
 
 
山口ももりさんへpencil

私の小さいころ、「お供え物はその場で食べるもの」と言われたものですが、昔の人は飢えた人が食べるようにのこしたとも伝えられています。慈悲の心です

投稿: 玉井人ひろた | 2014年8月13日 15:53

有名人の発言は、それなりの責任をもっておこなって欲しいところです。
私のブログは「もうぞ」ですので、あしからず。

投稿: もうぞう | 2014年8月13日 18:29

もうぞうさんへpencil

心得ております。
それにしても、テレビと言うのは影響が大きいですね

投稿: 玉井人ひろた | 2014年8月13日 18:52

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