« 2014年6月8日 - 2014年6月14日 | トップページ | 2014年6月22日 - 2014年6月28日 »

2014年6月15日 - 2014年6月21日の7件の記事

2014年6月21日

‘自殺 歯止めかからず’の見出し

わが家で購読している地元新聞(福島民報)の本日の1面トップには、ワールドカップギリシャ戦で引き分けになって落胆する日本代表選手の写真が大きく掲載されていました。

しかし、それよりトップ見出しの『県内 自殺 歯止めかからず』という大きな文字がそれらの写真も記事も圧倒していました。
ここでいう自殺者とは、東日本大震災での関連自殺者のことです。

  2011 2012 2013 2014 合計
福島 10 13 23 8 54
宮城 22 3 10 1 36
岩手 17 8 4 1 30
合計 49 24 37 10 120
2014年5月末現在

上記の表で判るように、福島、宮城、岩手の3県の今年5月末までの自殺者の合計は120人(福島=54人、宮城=36人、岩手=30人)ですが、その合計数差もさることながら、福島県だけが他の2県の推移と違い年ごとに増加していることがよく解ります。

続きを読む "‘自殺 歯止めかからず’の見出し"

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年6月20日

ずいぶんと、おたっしゃで

BSでは過去にヒットした懐かし番組の再放送が多くなされています。とくに、時代劇ファンのわたしにとって、おもしろいのが多くありがたい話です。

その中に中村敦夫さん主演の「木枯し紋次郎」という大ヒット時代劇も最近始まりまして、嬉しく懐かしく見ています。

中村敦夫さんは東京生まれの方なんですが、4~5歳のころ東京大空襲のため福島県いわき市に疎開し、高校(県立厳城高校)の途中まで福島県に住んでいた、福島県ゆかりの俳優さんでもあります。
(※、実は中村氏の実父は福島県郡山市出身、なのに疎開先を郡山市じゃなく同じ福島県内だがいわき市に選んだ理由は定かでない。後に両親は離婚、そのため姓も父方の「遠藤」から母方の姓の「中村」を名乗ることになった経緯がある。

さて、「木枯し紋次郎」と言えば当時の流行語にもなった決め台詞がありますよね

あっしには関わりのねぇこって・・・・・「ごめんなすって

あのころ、いろいろな場面において使われていた言葉ですよね。ただ、みんなが使った言葉はこれとは少し違って“あっしには関わりのねぇことでござんす”というものに変ってしまっていたようです。

しかし、私たちの間ではドラマで言っている通りに正しく言っていました。

続きを読む "ずいぶんと、おたっしゃで"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年6月19日

住まいは夏を旨(むね)とすべし

ちょっと前、暑い日にわが家を訪ねてきた叔父が言ったのです。

やっぱり、家は南向きは暑すぎてダメだ。昔っからの東向きがいい

そう言われて、母の実家である叔父の家は建て替える前の古い家は東向きだったこと、さらに、叔父の家に限らず2~30年前までのわが地域の家屋はほぼ全部‘東向き’に家屋が立てられていたことにも気が付きました。

そして、夏はどの家でも今よりとても涼しかったことを思い出しました。

鎌倉時代(1200年代後期~1300年代)の役人ながら歌人として今でも知られている人物に「吉田兼好」がいますが、この吉田兼好が随筆「徒然草」のなかで「住まいは夏を旨とすべし」と記載しているそうです。

エアコンも無い時代、暖は何とかとれる冬に比べ高温で多湿の夏こそが最も人にも家屋にも辛い季節でした。
それ故に、昔から日本では「人の住まいは夏に重心を置いて考える」ということが自然に出来上がったことはちょっと考えればわかることです。

田舎の民家や文化財になっている古い建物を訪れたときに、真夏でも家の中は冷房が無いのにひんやりとしているのは、その先人の工夫からくるものです。

そこで、どんな工夫があったか?

続きを読む "住まいは夏を旨(むね)とすべし"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年6月18日

かね-め【金目】

広辞苑より

かね-め【金目】

①金銭に換算した価値。値段
②値段の高いこと。

こう言う日本語があったんですね。初めて耳にした気がします。

この言葉を使ったのは石原伸晃環境大臣(原子力防災担当相兼任)、福島県内の除染で出た土などを保管する中間貯蔵施設の建設を巡り、6月16日午後の通称‘ぶらさがり’という記者団が通路で歩きながらインタビューする質問に対し、同大臣が言った言葉「最後は金めでしょ」というコメントで、それは使われました。

さすがに良い大学を出た、知識人の政治家です。一般凡人が使わないお言葉を知っているものだと、感心いたしました。
特に田舎者の福島県人には、耳新しい言葉でその博識に触れ‘この人には敵わないな’と“拍手”してしまいました。

思えば野党に転じていたころ、自民党幹事長の役職の立場でもその‘博識ある’ご発言がありました。

続きを読む "かね-め【金目】"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年6月17日

世界で最低と言われた日本人のマナー・・・が今は

6月15日ブラジルワールドカップで2対1で逆転負けを喫した日本対コートジボワール戦、その敗戦に遠く日本から駆け付けた大勢の日本人サポーター愕然としましたが、観戦を終えた後応援に使っていたブルーのゴミ袋に会場などのゴミを拾って集め出したマナーの良い姿に、世界中が賞賛の声が上がりました。

特にサッカーでは熱狂的な応援をするブラジルでは、自分の応援するチームが負けた場合物を投げ捨てたり、会場の一部を壊したりするのが日常茶飯事のお国柄にとって、日本ン人たちのその光景は“異様、不思議”にも見えたそうですが、考え方がわかったとき驚きと尊敬のまなざしで見たそうです。

日本には「旅の恥はかき捨て」、「後は野となれ山となれ」ということわざが昔からあります。

昔、まだJAが農協と言われた時代、その農協の主催する海外旅行の団体は、あまりにもマナーを守らない(下着姿でホテルを歩く、たばこを捨てる、立ションをするなどなど)ため、「日本人団体=マナーが悪い」というありがたくない言い方が外国では有名になっていました。

それにくらべて今の若者は、サッカーのサポーターは素晴らしいと思うのです。

そこで考えたのです。それはいつごろからか?、そして何が切っ掛けだったのか?

続きを読む "世界で最低と言われた日本人のマナー・・・が今は"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年6月16日

震度‘3’の謎

きょうは早朝2時に最初の地震、我が村は「震度2」という長い長い揺れが有りました。

そして、3時間後の午前5時過ぎに二度目の地震、こんどは強い揺れが襲いました。私の感覚では「震度4」だと思ったのですが、発表された我が村の震度は「3」でした。

これはいつものことなのですが、我が村は近隣より設置されている地震計の場所が揺れを感知しにくい場所らしく、必ず1段階下に表示されるんです。

今回も、北~東に隣接する二本松市が震度4、南東に隣接する本宮市が震度4、西~南に隣接する郡山市が震度4でした。

つまり周囲全ての市は震度4なのに、それに囲まれた中央に位置する我が村だけが震度3なのです。

Img_2445←は我が家に有る古い振り子時計です。

ちょうど、地震があった時刻にその揺れで止まってしまっていました。

この時計は今まで震度3くらいの揺れでは止ったことが無いのです。

止る場合は、震度4以上の強い揺れです。

お国が設置した地震計の場所ですから、どうしようもないですが、ほんの1~2キロぐらいしか離れていないところと違った数値が出る場所は、適正な場所とは言い難いと思います

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2014年6月15日

‘左と右’についての習わし

「左前(ひだりまえ)」という言葉が、日本には存在します。

これは本来着物の着方から来たもので、和服の場合は男女の別なく相手から見ての衽(おくみ)が手前側になるのが常識ですが、それを‘左の衽を前’にした逆な着方をすることは死者の着物の着方で縁起が悪いとされ、それが転じて「常識じゃない」ことを「ひだりまえ」とも言うようになったものです。

日本家屋の窓や掃出し窓など2枚戸の場合、その立てつけ方も内側(奥側)から外に向かって見て、やはり側の引き戸が手前に立てつけることが建具の常識となっています。(4枚戸の場合は、奥側から見て中央の2枚が手前に立てつけることになっている

陸上競技のコートは左回り(反時計回り)になっていますが、これは右利きの場合利き足の右が強く蹴られる左回りが速く走れるからと言う理由だそうで、そう考えれば左利きには不利なルールですね。

続きを読む "‘左と右’についての習わし"

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2014年6月8日 - 2014年6月14日 | トップページ | 2014年6月22日 - 2014年6月28日 »