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2015年12月6日 - 2015年12月12日の7件の記事

2015年12月12日

スキー場がオープン

我が村に最も近いスキー場は、村に隣接する二本松市の「安達太良山」にある「あだたら高原スキー場」です。http://www.adatara-resort.com/ski/

昭和39年(1963)、初版本が新潮社から刊行された「深田久弥著 『日本百名山』」、その中の安達太良山の記述にも出てくるスキー場です。

それが、本日オープンしたニュースが流れました。雪は大丈夫なのかと思いましたが、20㎝ほどの積雪があるらしく、(人工降雪機で下地はできている)なんとかオープンにこぎつけられたようです。

しかし本日のわが家の気温は17~8℃、この時期としては暑いくらいの日となりまして、明日は雨の予報が出ていますので、せっかくオープンしたスキー場の雪もいくら高原と言っても融けてしまうんじゃないかと思われます。

なんという冬でしょうか。

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2015年12月11日

野坂昭如 という男の死

有名人が亡くなった報道というのは、それほど大事とは思わないで視る私ですが、野坂昭如氏が亡くなったニュースは少し違いがありました。

野坂氏は、私の母と全く同じ昭和5年(1930)生まれ、つまり平和な時代に生まれ、現在の中学生の時期に太平洋戦争という体験をさせられた世代になり、その年代のために体験はしっかりと記憶に残されたのです。

野坂氏の代表作である「火垂るの墓」、それは戦時中に妹が餓死するという実体験が基になっているものですが、出来上がったアニメ映画を原作者であるのに、野坂氏はあまりにも悲しくて全て視ることができなかったというエピソードが娘さんのコメントとして紹介されていました。

私の母も、直ぐ近くに行われたアメリカ軍の空爆で、歳の離れた末弟を連れ必死に走った実体験、父親が戦死した経験等々、それは生々しい記憶として残っているとものばかりなのです。

ですから、母は戦争の記録映像やそれを基にしたドラマは「視たくない」と言います。

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2015年12月10日

‘テイクアウト’は加工食品?!

10%に消費税を上げるに至って、公約だった食品の軽減税率導入は、あの麻生財務大臣の「面倒くさい」という怠慢発言から、もめにもめて「外食」と「酒類」を除き加工食品も対象となることが公明党の考えを受け入れるという形で決着したようです。

公明党の面目躍如といったところでしょう。

ところが、またまた問題が出ているようです。

加工食品もやっと対象から外れたと思ったら、ファストフード店ではおなじみとなった「お持ち帰り、つまりテイクアウトに関して問題が発生したのですです

つまり、同じ物でも店内で食べるのは‘外食’で(10%)、テイクアウトは‘加工食品’(8%)に分類されるため税率が違うことになる可能性が出てきたというのです。

こうなると、最近はコンビニでも店内で食べられるようになっているところも有りますが、店内なら消費税10%で、駐車場の車の中で食べたら8%に変化でしょうか?

なんだかな~・・ですよね。

私の感覚では、コンビニやスーパーではなくファストフード店のは全部‘外食’だと思いますが、違うんですかね?

麻生大臣じゃないですが、面倒くさ!

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2015年12月 9日

「三国一」の 3か国とは?

時代劇好きの、私はとある劇中の台詞で老武士が、息子の嫁に対し「お前は三国一の嫁じゃ・・・」というのがあったのです。

「三国一(さんごくいち)」というのは、時代劇ではそれほど珍しい言葉じゃないですし、その意味も知っている私ですが、ふと思ったのです。

「三国」とは、どこの国をいうのだろう・・・と。そして調べたら、ここで言う三国とは次の三つだったのです。

  1. 日本(やまと・ひのもと)⇒日本
  2. 唐土(もろこし・とうど) ⇒中華人民共和国と朝鮮半島の一部
  3. 天竺(てんじく)     ⇒インド

わたしは、今まで国内のなかの三つの地域かと思っていましたが、なるほど、これは広大です。

この3か国での1番と言うのですから、褒め言葉としてはものすごいものですね。

この言葉は、室町時代(戦国時代の始まりとされるころ)に大流行し現在に至った言葉だそうですが、果たして誰が最初に使ったのでしょうかね?

そして、現代ならどの国が三国にあたるでしょうかね?

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2015年12月 8日

日本初の‘児童福祉法’

昨日の記事に関連して、5代将軍の徳川綱吉についての考察です。

この将軍は「生類憐みの令」というものを出したがために、後世でも批判される人物になっていますが、この悪名は次期の6代将軍「徳川 家宣(とくがわ いえのぶ)」になってから、その側近の学者の新井白石らによって作られたものらしいのです。

徳川 家宣は当時としては高齢の50歳近くで将軍となったため将軍在籍はたったの3年間(1709年 - 1712年)で、直ぐに7代将軍に変ったのですが、こちらはまだ幼く新井白石らは継続して、悪名のレッテル張りがなされたのかもしれません。

記録によれば、この令で処刑された者も無く、武士はかなり影響が有ったようですが、庶民はそれほど重要視していなかったことのようです。

これは、学者らが己の方が優れていることを誇示するために行われた工作のようですが、その実では綱吉の「生類憐みの令」の内容は殆どがその後も使用されていたのです。

そして現在、「生類憐みの令」は「児童福祉法」の中に生きているのです。言い換えれば、この悪名高い‘令’は日本最初の「児童福祉法」とも言え、非常に進んだものだったことになります。

この令の最初に出てくるのが、捨てられた赤ちゃんについて書かれていることでも、児童福祉法に通じる片鱗が伺えます。

昔の歴史には、後世に創作された政治的思惑の、意図的な誤解が非常に多いことに、ほんとうに驚かされます。

 

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2015年12月 7日

日本人と牛肉・豚肉

日本人が牛肉を食べ出したのはいつ?と聞かれれば、江戸幕府が大政奉還をして明治時代になり、東京で「牛鍋や」が大流行したころからだろうというのが一般的でしょう。

ところが、江戸時代はもとより日本人はもっと昔から牛肉を食べていたのです。

仏教伝来以来、日本では肉食を忌避する考えや慣習が出来上がったのですが、それはあくまで表向きのことで、肉食を「薬喰い」と呼んだり、猪肉を山鯨(やまくじら)や鹿肉を紅葉(もみじ)などと称して、肉食の習慣はちゃんと存在していました。

江戸の町では両国広小路、麹町にあった店が有名なんだそうですが、、「ももんじ屋(ももんじや)」または「ももんじい屋」と称せられた、肉を売ったり食べさせたりする店が複数存在したそうです。(ただし、内臓などの異臭もする店であり、嫌う人も多かった

この店では、江戸時代の江戸近郊農村において農民・猟師が捕獲した鹿、などが扱われていたようですから、今の肉店より扱った肉は多種多様のお店だったようです。

つまり、牛肉は江戸時代にもちゃんと食べられていたのです。

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2015年12月 6日

「米軍‘基地’」?・・・「米軍‘飛行場’」?

日増しに問題が大きくなるわりに、報道が小さくなってきている沖縄の米軍施設の辺野古移設ですが、ここで今移設が取りだたされている普天間の米軍施設ですがその呼称には二通りの言い方があります。

一つはマスコミなどでよく使われる『普天間基地』、もう一つが日本政府や防衛省が使う『普天間飛行場』という言い方です。

日本政府や一部の報道では「‘普天間飛行場’というのが正しい」ということを言ったりするのですが、どう見てもアメリカ軍基地に見えない施設を「飛行場」ということには違和感を覚え、はたしてその話は本当なのか?

と、思ったのです。

そしたら・・

>『普天間基地』は【普天間飛行場】と呼ばれることもあるが、正式名称は【海兵隊普天間航空基地】=『Marine Corps Air Station Futenma』(略してMCAS FUTENMA)である。

というのを発見したのです。

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