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2016年5月 4日

災いは

天災、そして続発する車両の暴走事故、あとから考えれば予兆や予感はあった、とかよく言います。

ことわざにこんなのがあります

霜を踏んで堅氷に至るしもをふんで けんぴょうにいたる)」

意味は「災いの兆しがほんの少しでも見えたら、やがては大きな災いがやってくると考え、用心を怠らないこと。」というようなことになります。

先人の教訓は、とても頭の良い人が考え出したものではなく、一般庶民の幾多の実体験の積み重ねから生み出されています。

それを判っていても、実際に遭ってみないと思い出せないのも人でしょうね

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コメント

まったくもってその通りですね。
天気予報などで、こうなった原因は、これこれしかじかだったと結果を見てから解説するなら俺でも出来る??

投稿: もうぞう | 2016年5月 5日 19:05

もうぞうさんへpencil

いわば“後出しじゃんけん”のようなものですからね

投稿: 玉井人ひろた | 2016年5月 5日 19:35

意味は「災いの兆しがほんの少しでも見えたら、やがては大きな災いがやってくると考え、用心を怠らないこと。」というようなことになります。

この意味も、クランボルツのキャリアカウンセリング理論に置き換えれば、こうした災いというものは、偶然が齎したものであり、当事者にとっては、決して主体的選択でもなければ、「起きるはずもないことが、起きてしまった出来事」なのか、「起きるかも知れないということが、たまたま偶然に起きてしまった出来事」のどちらかでしかないということを、教訓に活かすならば、「このような出来事が、二度と生じることがないようにするには、どうしたらよいのか」ということを、具体的目標に置き換えて、そのためにどのような行動をとることが出来るのか、ということを具体的行動として、これを学習し直していくことにより、時間がかかっても、今度は、これをい新たな好機として捉え直すことで、全てを解決することになるかも知れない、ということと同様の意味を持っているのかも知れませんね。

投稿: asa | 2016年5月 7日 08:30

asaさんへpencil

たぶん、人間は災害が起こって改めて考え直すということを何千年も何万年も繰り返してきているのかもしれません

投稿: 玉井人ひろた | 2016年5月 7日 11:50

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