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2016年12月18日 - 2016年12月24日の7件の記事

2016年12月24日

外国人の逃亡者

日本に来て犯罪を起こした外国人は、母国への強制送還になるのが一般的ですが、その外国人が病気などで、直ぐに強制送還するには問題があるある場合に‘人道的特別処置’として、「仮放免」という対処を行うのだそうです。

ところが・・・

その仮放免中に、病院や施設などから脱走し、その後行方不明になる外国人犯罪者が急増しているというのです。

入管管理局の発表では、昨年からの約1年間だけで「108人」の仮放免の外国人犯罪者の所在が不明になっているそうです。

こういう不法滞在者は、さらに凶悪な犯罪や組織に潜伏するわけですから、言い換えれば日本国内で凶悪犯罪者が急増しているということです。

「親切が仇となる」とは、まさにこいうことでしょう。

福島県内では、ここ数年こういう外国人の不法滞在者が検挙されるニュースが付ている気がします。
東京からほどほどの距離が有り、特に田舎ほど隠れやすい環境も多いのかもしれません。

外国人全員がそう言う人ではないのは百も承知ですが、不安が募るニュースでした。

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2016年12月23日

我家が火元だったら・・・・ゾッとした

新潟県糸魚川市の150棟以上を焼き尽くす大火災、その惨状をテレビで視て最初に・・・

「火元となったところの責任は?」

「損害賠償はどうなるのだろう?」

「もし、わが家が火元だったら、延焼した住人達にどう接するのだろう?」

↑の様な、思いが先行し、被災者たちより火元の人の思いばかり頭を巡ってしまいました。

そしたら、隣家からの‘もらい火’で自宅が全焼してしまったとき、日本の法律では原則として相手に損害賠償を求めることができないことになっていたんですね。

【失火法】(失火責任法)
「民法第709条の規定(
損害賠償に関する規定)は 失火の場合には之を適用せず。
但し、失火者に重大なる過失有りたるときは 此の限りに在らず」

伝統的に木造家屋が多い日本では延焼して複数の家屋が類焼しやすい、そのため火事による損害賠償は個人の資力を超える巨額なものとなることが多いため、火元となったところを保護するための特別規定が設けられているんだそうです。

つまり、金額的には大丈夫のようです。

ただ、奇跡的に死者が無かったですが、どんな顔して、延焼した近所の人々と会ったらいいのでしょう?
心情的、道義的には火元の人の辛さは、想像がつきません。

そして、ギリギリで延焼は免れたが、火災で商売や暮らしが不可能となっている人々の思い、それも想像がつきません

火災、やはり恐ろしいです。

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2016年12月22日

「応仁の乱」が起った年に!!!

21日に東京商工リサーチ福島支店が、‘創業100年以上の企業’の数を発表しました。
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20161202_01.html

その結果、福島県内には創業から100年以上経っている企業が‘779社’あることが、判りました。
この数は東北6県(総数3199社中)では最多で、全国都道府県でも13位にるようです。

驚いたのは、県内最古の企業である、須賀川市の料亭「味戸商店」の‘1467年創業’という年代です。
この年は、時代で言うと「室町時代」になり、応仁元年にあたります。

つまり、有名な歴史的事件「応仁の乱」が勃発した年に創業したことになりますから、来年で創業550年にもなる老舗中の老舗です。

驚きでしかないです。

それまで続けられた努力と、そして強運、想像を絶するものでしょうが、全国にはこれ以上の企業が沢山存在しているんですよね。

参りました。

ちなみに、全国的にはやはり関東・東京がぐんを抜いて多く、ついで北陸地方になるようです。
北日本だけでみると新潟県が吐出して多いようです。

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2016年12月21日

一陽来復(いちようらいふく)

きょうは冬至、ということで1年で最も日が短いということになっています。

昔の人は、日が短くなり次の日から日が延びることを‘太陽が生まれ変わる日’ととらえ、古くから世界各地で、この冬至の祝祭が行われてきているようです。

中国、そして日本では、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に太陽が再び力が甦ってくると捉え、『陰が極まり再び陽にかえる日』という意味の『一陽来復(いちようらいふく)」という言い方を使って、冬至を境に運が向いてくると考えられてきたそうです。

自然に根差した、とても面白い考え方だと思います。

一陽来復は賀詞にも使われますが、この意味からすれば、厳密に言えばそれは誤りですよね?

ちなみに、福島県の場合は、最も日(日の出~日の入りまで)が短いのは12月20日、つまり昨日だったようです。

ついでですが、

気象データでは、日の入りは今月の1211日(日)からすでに遅くなり始めていて、日の出が早くなり始めるのは来年の10日(火)からになっています。

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悪しからず m(_ _)m

喪中につき 年末年始のご挨拶を欠礼させていただきます〔despair

 

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2016年12月20日

梅 毒

梅毒と言う病名は、太平洋戦争を前後まで日本に蔓延した厄介な性病と言うイメージです。実際に、戦地の日本軍軍医達は兵隊の梅毒感染予防に頭を痛めたことが、帰還した軍医の話しとして残っています。

ところが、19日の福島県発表によると、今年の12月11日までの全国の梅毒患者は‘4259人’で、昨年1年間の総患者数‘2697人’より‘1562人多く’、約1.5倍以上と、感染者が急増しというのです。

>国立感染症研究所発表
 2013年の梅毒患者数は、全国で1200人を超え、2014年は1671人、2015年は2968人。
都道府県別での患者数上位は、1位:東京、2位:大阪、3位:神奈川、4位:愛知、5位:埼玉の順位となっている。

その傾向で顕著なのが女性患者の急増で、全国の女性感染者は2010年~2015年までの5年間で5倍。
全体の患者数の半数を超える東京都では、20~24才の女性患者数が突出して増え続けている。(2013年=51人、2014年=87人、2015年=271人)

続きを読む "梅 毒"

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2016年12月19日

赤穂浪士は、総勢‘63人’で決行した!?

赤穂浪士の討ち入りの話題が少し無くなるころなので、あらためて話題にしたくなりました(coldsweats01

福島県と山形県の県境の豪雪地帯である板谷峠には、赤穂浪士のある人物の伝承が残っています。
それは播州赤穂藩の家老(末席)を務めていた「大野九郎兵衛」です。

芝居では、この人物は卑怯者として描かれることが多いですが、こちらに残る伝承では↓

>大石ら47名による吉良邸での討ち入りが万が一失敗した場合に、吉良上野介の長男で出羽米沢藩第4代藩主「上杉綱憲」(吉良家から上杉家の養子になった)や、実家である米沢藩・上杉家に移っていた吉良の正妻「富子(梅嶺院)」らが住む米沢に、吉良が逃げ込むである可能性を考え、道中となる板谷街道にあった宿場町の李平(すももだいら)にて大野を中心とした総勢16名の赤穂浪士達が「忠臣蔵第二陣」として待ち伏せていた。

しかし、大石らの討ち入りが成功したことを知り、自害をしたとされる。

米沢の板谷峠には「大野九郎兵衛供養碑」が建立されて在るようです。
http://www.yonezawa-kankou-navi.com/person/kurobee.html

この伝承からすれば、赤穂浪士の総勢は63名になります。

大石内蔵助というと討ち入りをする気配をカモフラージュして遊びほうけていたことで言う名ですが、
もしも、大野らの行動さえ「裏切り者」というカモフラージュをして計画を練っていたとしたら、討ち入りを100%どころか120%成功させる計画を立てていたことになります。

そうなると、芝居やドラマ等及びもつかない、大石の執念が感じられます。

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