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2019年12月22日 (日)

近所のお姉ちゃん

また、近所のお年寄りがこの世を去り、葬儀の手伝いを行いました。

寂しいものですが、葬式には長~い間会っていないその家の家族や近親者が遠い海外からなども集うため、懐かしい人との再会があります。

今回他界された故人の一番下の娘さんは、わたしがまだ幼いころ(小学校低学年まで)よく面倒を見てもらっていた人でした。

年は、たぶん6~7歳くらい上だと思いますが、昔は託児所や保育所などない時代、まだ兄弟が無い、または居ても乳飲み子の場合は母親は近所の年上の子供にわが子を預けるというか、遊んでもらうのは一般的でした。

今は「ママ友」とか言ってどこかデジタル的な関係ですが、昔の農村での母親・嫁というのは稲刈り、田植え、などの隣組の付き合いの作業、さらに女性だけの行事に参加し、その関係はまるで同僚や、言い方はよくないですが戦友です。

託児所や保育所が無かった時代、中でも仲のいいところの年かさの子供が居る家にわが子を頼み農作業を行うのが常で、わたしはそのお姉ちゃんといつも一緒だった気がします。

ですから、10歳にも満たないわたしにとって、中学生のお姉ちゃんははるかに年が離れ、身長だって天井に近いほど大きい印象になるわけです。

その大きなお姉ちゃんとの久々の再開は、あら!というほど「小さな女性」で、まるで別人かと思うほどです。

たぶんそれは、幼い頃の印象が強いがおねえちゃんにとっても、わたしは「白髪の親父は誰?」と感じさせたことでしょう。

こういうのも、葬儀のなかでは不謹慎ですがおもしろい側面の一つです。

 

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コメント

葬儀で旧知の方と会えるのは故人のお陰でしょうね。

投稿: 吉田勝也 | 2019年12月23日 (月) 13:32

吉田勝也さんへ

「故人の導き」とよく言われますね

投稿: 玉井人ひろた | 2019年12月23日 (月) 15:57

なるほど、
でも思い出せるだけ素晴らしいです。
私なんか自信がないですね。
もっとも話をしている内に、気づく場合もありますけどね。

投稿: もうぞう | 2019年12月23日 (月) 18:01

もうぞうさんへ

判るものですよ。なんといっても、親に似ていますからね

投稿: 玉井人ひろた | 2019年12月24日 (火) 08:20

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