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2020年3月31日 (火)

一人の男の死

志村けん(70)という一人の男の死に対し、その原因に対し、国内はもとより海外までがそのショックと悲しみや惜しみのメッセージを発している。

政界までがお悔やみの言葉を言い、『その死で新型コロナウイルスの恐さを伝えた』と賛辞の言葉さえ贈られた。
わたしもお悔やみを申し上げたい。

私の父も、ほとんど同じ年齢で他界している。

父の死は、国の‘難病指定’にもなっている「肺繊維症」というものに肺が侵されたことによるものである。
気が付いた時には、すでに末期に近かった。

これもまた肺の病気であるが感染症ではない、にもかかわらず近所の人によっては、我が家の前を通るときは(感染しないように)‘口をふさぎ息を殺して足早に通り過ぎる’という悲しい行動をした人が居た。

ところがどうだろう、感染症で亡くなった志村けん氏の自宅前には献花する人が集っている。

やはり、著名人は違うものである。テレビでは、これまでの出演番組や在りし日の様子の特集が、各テレビ局は競争するように放送している。

ただ、同じ一人の人間の死、同じ新型コロナウイルスで亡くなった他の多くの人々との報道の扱い方、マスコミはこれほど差をつけてよいものだろうか?

わたしにはよく判らないが、私の父親の死は「難病」に対する啓発にも研究開発にも何もならなかったが、家族の悲しみは志村けん氏とは比べようもないことだったことは確かである。

 

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コメント

そうですね、おっしゃる通り、
一人の死にたいして差をつけてはならないと思いますが、
この病気は家族が公表することを拒否している
例が多いですね。
それにしても、人間の死を「功績」というあたり、
政治家の利用できるものは何でも利用する、あくどさ
がにじみ出て嫌な感じがしました。

投稿: へこきあねさ | 2020年3月31日 (火) 17:04

我が家の同マンション階下の奥様が亡くなり、昨日が告別式でしたが新型コロナの感染予防のため家族葬にて・・・とエレベーターに張り紙してありました。
26日に救急車が来ていましたが搬送されていたとは知りませんでした。
昔は交流もありましたが最近はすぐ下なのにお会いすることもありませんでした。(新型コロナではありません)
家で手を合わせるのみですが・・・

投稿: マコ | 2020年3月31日 (火) 17:14

へこきあねささんへ

有名人では無かったら、我が家が味わったようなことを受ける確率は高く、公表したくないですよね。


マコさんへ

葬式に参列し、人の終焉を実際に見ることはいろいろな意味で大事な気がします

投稿: 玉井人ひろた | 2020年3月31日 (火) 18:01

しかしビックリです。臨終間際にも、亡くなってもお別れの顔も見れずに棺の上から言葉をかけるだけ。

火葬が終わってお骨になって初めて会える?この事はTVも新聞も殆ど知らなかった?流さなかった?

これでこのコロナウィルスの恐ろしさを、若い世代も我儘な高齢者も、深く深く認識する事になれば良いですね。

投稿: JACKS | 2020年4月 1日 (水) 07:49

JACKSさんへ

北朝鮮の病院ではそうやっていることは報道で知っていましたが、報道していないだけで各国とも同じだったんですね。

投稿: 玉井人ひろた | 2020年4月 1日 (水) 08:34

亡くなった人からでも伝染するのですね。

投稿: 吉田勝也 | 2020年4月 1日 (水) 13:29

吉田勝也さんへ

体内には在るんでしょうね。

投稿: 玉井人ひろた | 2020年4月 1日 (水) 17:35

有名人の報道はある程度大きくならざるを得ないでしょう。
でなければ、有名人の価値がありませんから。
またそれは悪事を犯したときも大きくなりますから。

投稿: もうぞう | 2020年4月 3日 (金) 07:12

もうぞうさんへ

それがあの方たちの‘特技’でもありましょうから、否定はしません。

投稿: 玉井人ひろた | 2020年4月 3日 (金) 07:48

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