カテゴリー「歴史」の100件の記事

2018年6月16日

16日は『和菓子の日』

きょう、6月16日は『和菓子の日』なんだそうです。

制定されたのは、昭和53年(1978)11月なんですがその起源は今から千年以上も昔、「承和15年」(848)にさかのぼります。

この年の‘6月16日(旧暦)’に当時の任明天皇(にんみょうてんのう)が「16個」の菓子を供え、病気が無くなり健康で幸せに暮らせるように神様に祈ったのが由来なのだそうです。

その際に神から「元号を‘嘉祥(かしょう・かじょう)’に改めよ」というお告げをいただき、、「承和15年」を「嘉祥元年」にしてしまったという伝説があるそうです。

任明天皇が崩御したのちも元号に使われた「嘉祥」という文字が縁起が良く、祝い事やお菓子にまつわる行事や風習は継承されたそうです。

そこから出たの「和菓子の日=6月16日」と言うわけです。

福島県にも沢山の名物和菓子がありますが、なんといっても「日本三大饅頭」の一つで全国の温泉饅頭の元にもなった柏屋の「薄皮饅頭」が知名度も味も筆頭でしょう。

そうか、きょうは和菓子の日か・・・昨日、手土産にいただいた温泉饅頭もおいしかった

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2018年1月29日

今日と明日

1月29日のきょうは、日本史上に残る出来事があった日です。それが↓

昭和基地開設記念日

日本の南極観測隊が南極・オングル島への上陸に成功し、「昭和基地」を開設したのが昭和32年(1957)の1月29日だったのです。

この年から翌年にかけては「国際地球観測年」で、南極大陸には日本を始め12か国による観測網が敷かれ現在に至ります。

極寒の南極では、各国が争いも無く助け合って観測をしているその姿こそ「平和」というものの姿ではないか?

そんなことも考えさせる記念日のように感じます。

そして・・・
明日も日本史上に残る‘あの’出来事が有りました。
明日の1月30日は旧暦の「極月(師走)十四日」、つまり赤穂浪士討ち入りが起った日になります。

そう考えれば、寒波で大騒ぎしている東京に雪が積もっても、なんの不思議もない季節なんですね。

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2018年1月27日

戊辰(つちのえ たつ)

西暦では1868年の1月27日、旧暦では慶応4年1月3日に始まった戦いはその年の干支が戊辰つちのえたつ)であったためそれを音読みして「戊辰(ぼしん)戦争と名付けられました。

ただし、同じ戦争で敗戦となり賊軍と呼ばれた旧幕府軍側の地域では「東西戦争という言い方をします。

  • 東軍=旧幕府軍・・・「東武天皇」(孝明天皇の従兄弟)
  • 西軍=新政府軍・・・「明治天皇」(孝明天皇の息子)

つまり、2018年の今年は戊辰戦争から数えてちょうど150年になるのです。

古い言い方で言うと、60年で一回りする干支が‘二回り半’(還暦2回と小還暦1回)したこととなります。

それを記念して福島県では会津を中心に「立場は違えど志を胸に戦った日本人の足跡は、多くの教訓を伝える。」として法要や記念行事が開催されるようです。

この戊辰戦争から会津戦争に移行した戦い、毎年のように新しい事実が判明してきています。

私が驚いた昨年の史実は、鶴ヶ城(会津城)の西軍が放った砲撃には「焼夷弾」があったという事実です。

焼夷弾と言うと太平洋戦争を思い出しますが、太平洋戦争の焼夷弾との違いは破壊力や攻撃方法を除けば、一番の違いは↓

  • 明治政府軍の焼夷弾   ⇒燃料はアルコール
  • 太平洋戦争の米軍焼夷弾⇒燃料は石油

↑ですが、もうすでに明治初期には焼夷弾は戦争で使われていたことに驚きました。

戦争は画期的に科学の進歩を引き起こすといいますが、その進歩からに犠牲者を引けば何も残らないのも事実でしょう。

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2018年1月14日

第45代

何かと話題が尽きないトランプ大統領は‘45代’アメリカ大統領です。そこで、この45代目に関して、日本の45代目の、天皇は?、総理大臣は?、はどうだったのかちょっと気になったのです。

第45代天皇・・・>

  • 聖武天皇
  • 国内に似は勢力争いの内戦が勃発し国政は混乱
  • 都(現在の奈良県)では伝染病が大流行
  • 聖武天皇は東大寺に「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」の巨大仏(奈良の大仏)を建立し、都(国)の災難を払しょくしようとした。

第45代総理大臣・・・>

  • 吉田 茂内閣総理大臣(官僚⇒自由党)
  • 終戦後初の総理で‘憲法9条の発案者’である44代の幣原総理から政権を受け次ぐが、まだGHQが管理する大混乱期の政権だった。

こうして見ると、45代というのは日本の歴史上では、大きな混乱と転換期が在ったことになります。

この因果を外国に当てはめるのは強引ですが、アメリカが45代目で混乱が生じているのは、「第45代」とはとんでもない大きな転換期となるキーナンバーなのでしょうか?

深読みすぎでしょう・・・

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2018年1月 8日

成人の日

平成12年(2000)の祝日法改正:通称「ハッピーマンデー法」により「成人の日=1月の‘第月曜日’」に変更になり、きょうがその日だったのですが、1月15日成人の日で育った私にはなんとも、なんとも・・・スッキリしない日付です。

今年のように第3月曜が15日で、第3月曜だとちょうどいいのですが、第2月曜ということは、どんなことをしても15日が当てはまる可能性が無いのも違和感に繫がるところです。

これは、もし第3月曜にしてしまった場合、1月1日が土曜日の年の「第3月曜日」は‘1月17日’と重なるから避けたんだそうです。

1月17日」とは、平成7年(1995)1月17日発生した阪神・淡路大震災を記して制定された「防災とボランティアの日」であり、その行事と成人式の行政行事が重なるという理由から、成人式は第2月曜にされたようです。

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2017年12月25日

ヒトフタマルハチ

日本では12月に起った歴史上の出来事と言えば極月(師走)十四日の「忠臣蔵」です。

しかし、アメリカでは12月の大きな出来事と言うと現地時間12月7日(日本時間12月8日)に日本海軍がハワイ・オアフ島・真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃(急襲攻撃)し、3年と6箇月に及ぶ太平洋戦争(大東亜戦争対米英戦)の開戦となった「真珠湾攻撃」の日になるようです。

さて、この攻撃開始に際し日本軍が使った暗号文といえば、あの有名な「「ニイタカヤマノボレ ヒトフタマルハチ」でしょう。
後文の「ヒトフタマルハチ」とは「1208」という数字の軍隊言葉ですが、気になるのは「ニイタカヤマ・・・」でしょう。

戦前まで、日本の小学校の教科書にはこう書かれていたそうです

日本一高い山は「新高山」、日本一美しいのは「富士山」

戦前の日本では日本一高い山は富士山ではなく、当時は日本領土で「高山とか高砂国」と呼称したようですが、台湾に在る最も高い山が「新高山(にいたかやま)」だったのです。

現在は本来の名前である「玉山」になったそうですが、その高さは「3997m」もある高山です。

つまり、「ニイタカヤマノボレ」とは、最も困難な高い山を登り始めるという、当時の日本政府の決死の覚悟の表れも含まれていたと考えるは当たらずとも遠からず、というより間違いない気がします。

そんな忌まわしい歴史が、現在の日本に作られないことを祈りたいです。

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2017年12月 9日

「12月9日」が旧暦ならば・・・慶応vs明治

慶応3年と4年と言う年は幕府から明治政府へ変化し、元号も二つ存在する日本の歴史上もっとも激変の年でしょう。

日本史でも年号別と西暦と三通りの日付の言い回しが使われ複雑にしています。

例えば>

  • 慶応3年は、翌年の慶応4年(9月)に「明治」という元号に改正されたので、前年が明治元年にした

これがよく解らない。

慶応4年に元号が改められたならその年が元年だと思うのですが、当時の政府は前年の1月1日までさかのぼって「明治」としたわけです。

確かに慶応3年の10月に「大政奉還」が幕府によって行われ、同年の‘12月9日’には新政府によって「大政復古の大号令」という宣言が行われ、完全に幕府と将軍の権力は消滅するということが公示されましたので、ここから明治が始まったといっても過言とはならないでしょう。

しかし、慶応4年の9月に元号が改称されたのだから、戻っても同年の1月1日からが本来の明治だと感じます。

それなら、「なぜ、前年にさかのぼって明治としたのか?」

私の個人的な考えでは、慶応4年の干支(十干十二支=えと)が「戊辰(つちのえたつ・ぼしん)」だったことから「戊辰戦争」と名付けられた明治政府側の理論からすれば「反乱軍制圧掃討作戦」を正当な行為とするためには、「我が方が以前から認められた政府だった」としなくてはならなかったのでしょう。(さらに、皇室典範がまだ無かった)

150年ほど経った今でも、福島県には官軍ではなく東軍と呼び、賊軍ではなく西軍という言い方が存在しています。

今年、旧長州の山口県山口市と福島県会津若松市が和解宣言なるようなセレモニーが行われましたが、それほど根深い遺恨が存在していることも事実です。

戦争とは内戦も含め、遺恨と言う未来の火種が消えるまで終わらない、厄介なものです。政をするものは、そのことを熟慮するべきでしょう

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2017年11月19日

自民党の強行採決の歴史

昭和46年(1971)11月19日の出来事 

佐藤栄作総理政権下、与党自民党によって沖縄返還協定強行採決に対し全国883か所で抗議行動が勃発。日比谷公園内のレストラン松本楼が放火で全焼することが起り、抗議に参加した約1800人が逮捕。

国会での採決のとき、屋良朝苗琉球政府主席は、沖縄から建議書を携え上京したが、手渡すこともできずに、羽田で強行採決を聞かされ、言葉を失う。

この強行採決による沖縄返還の功績により、佐藤栄作総理はノーベル平和賞を授与されました。

しかし、この返還の協定により、「‘核兵器’の米軍基地持ち込み」を国民に公表せず佐藤総理が容認協定を結んでいたことが、今年アメリカの情報公開法によって明らかになりました。

佐藤総理と言えば、安倍総理の大叔父、やはり強行採決が十八番なんですね。

特に‘アメリカに関連する案件’は優先して行うところまで佐藤総理と同じなのは(是非は別として)興味深い行動です。

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2017年9月17日

下世話な噂では、あの佳子様が

毎年、9月1日に福島県の郡山市安積町牛庭地区では「水祭り」と称する祭礼がおこなわれています。

その際例が行われる神社の名称は[大久保神社]というものですが、その大久保とは明治政府で内務卿(現在の総理大臣)と言う要職についていた「大久保利通」です。

つまり、この神社の祭神は大久保利通公なです。とても珍しいというより、国内で唯一の神社でしょうね。

これは、日本遺産になっている「安積疏水」の計画に大きな役割を果たした大久保利通の遺徳を永く伝えようと、この地に明治22年に建立されました。

大久保利通は廃藩置県で収入を無くした全国の武士を憂い救済計画を行いました。その一環として移住開拓があり、その一つが安積開拓だったのです。

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2017年9月13日

‘我輩’の命日

写真家の岩合光昭さんの「世界猫歩き」が火付け役となって、現在猫ブームが起こっていますが、もともと猫を飼っている私などにとってはちょっと迷惑なブームという思いです。

ところで、猫が主役の小説として有名なものに明治の文豪「夏目漱石」が書いた『我輩は猫である』というのが、私の中で一番に思い浮かぶものです。

我輩は猫である。名前はまだない・・・

この書き出しは、川端康成の小説「雪国」の「トンネルを抜けると、雪国だった・・」という書き出しと並び、あまりにも有名なものですね。

ただし、雪国のほうは、『トンネルを抜けると、そこは雪国だった』と言うふうに、間違って覚えている人が非常に多い作品でもあります。

さて、話しは「我輩は猫である」に戻りますが、この主人公の猫は小説の最後は水瓶に落ちて溺死するという悲惨な結末になっていて、別の意味でわたしには印象に残る小説になっています。

瓶から出ようともがき、最後に力尽きて沈んでいく猫の思いを描いた描写は、人が溺死するときの思いが想像されとても哀れです。

この小説の猫は、実際に夏目漱石が飼っていた猫がモデルだそうですが、その猫が実際に死んだのが明治41年(1908)9月13日だったそうです。

つまり、きょうがこの我輩ネコの命日になるわけです。合掌です。

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