カテゴリー「むかしばなし」の記事

2008/06/12

昭和50年代のガソリンスタンド

ガソリンの高騰の話題から昔話を思い出しました。これは50代以上の人じゃないと分からない昔のガソリンスタンドの話です。

昭和50年以前、ガソリンスタンドには今と同じように2種類のガソリンが売られていました。
一つは普通のガソリン、もう一つは頼んでから作る「こんごう」と私たちが言っていたエンジンオイルと混ぜて売る2サイクルバイク用の混合ガソリンでした。ハンドル付きの機械に入れて混ぜて販売されていました。
現在は草刈機やチェーンソー用に自分で作って入れるものです。

この混合ガソリン、黒い昔のバイクが無くなりホンダカブが現れた時点で消えていきました。

それまでのガソリンには自動車の性能があまりよくなくノッキングしやすい車が有りそれを補うため燃焼効率を良くする「四エチル鉛」というのが添加されていました。

それが昭和50年に入ると「排ガス規制」が騒がれ始まり、四エチル鉛が排ガスになって出ると「有害である」となり、その対策として石油メーカーが作り出したクリーンなガソリン鉛を含まない無鉛ガソリン」が販売されました

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2007/12/27

いい天気でございます

夜の月明かりは真昼のようで、今日も放射冷却現象が起きるほどいい天気です。

Img_3235_2 空は青く、どこまでも澄んでおります。雪が降ってくる様子もありませんね

こんな空をカメラで撮りたくなるのはごく自然ですし、ましてやテレビ局では最良の色でつたえたいことでしょう

昭和31年(1956)の今日、日本で始めてテレビ実験放送許可NHK日本テレビに出されたんだそうです

私が本物のカラーテレビを見たのはそれから10年以上も後になるのですが、近所で初めてカラーテレビを買った家に行き、カラー放送番組を見たときの感動は今でも覚えています。

あんな感動、テレビ屋さんには申し訳ないがハイビジョンにはなかったですねえ
年齢を積み重ねたせいではけしてないと思います

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2007/08/25

49年前の今日即席ラーメンが誕生

今から49年前の昭和33年(1958)8月25日の月曜日、日清食品から世界初の即席ラーメンが発売されたのである。
その名は「チキンラーメン」、これがインスタント食品の幕開けとなろうとは誰も思わなかったに違いない

我が家で最初に食べられたのはそれから10年以上も後で、食べたのは「明星チャルメラ」である。(チキンラーメンはわが地域ではそんなに出回らなかった気がする)
テレビではそれに対抗するように「サッポロ一番みそラーメン」だった。

さらにその数年後に発売された「カップヌードル」は衝撃的であった。
村の小さな駄菓子屋やタバコ屋で3分待てば暖かいラーメンが食べられるなんて創造もしていなかった時代である、とてもうれしかったのを覚えている。
そのころの学生や若者は誰もが同じことを思ったはずに違いないはずだ

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2007/08/16

昭和20年ごろのお盆(盂蘭盆会)

15日の終戦慰霊式典などを見ながらポツリと母がつぶやいた。

「天皇の何かが始まると、大騒ぎになったあの日、田んぼにいたなあ」Img_2759

話を詳しく聞いていくと昭和20年8月15日の村はみな畑や田んぼに出て仕事をしていたそうだ。
その様子から考えられるのは今のように「月遅れのお盆」という習慣はその当時なかったということである。

つまりお盆は旧暦(陰暦)7月15日でやっていたらしく、今年に当てはめれば27日がそのころなので村民は10日後くらいに迫った盆前の仕事に追われていたことになるのである

月遅れのお盆とは、わが村でいつから始まったのだろうか?
また新たな考察のネタができてきてしまった。

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2007/08/08

夏休みの回想つぶやき

きょうは立秋なので、本日からはがきなどの書き出しには「・・残暑・・・」と書かなくてはならないようである。
今年はまだ梅雨明けしたばかりなのにもう「残暑・・」を使う時期が来てしまい、よりいっそう1年が短く感じられてしまう感じだ。

昨日「七日盆」になって、わが地域では墓地掃除が忙しくなり始めている。
この時期子供で夏休みを過ごしていた私は妙にそわそわし始めたものであった。

夏休みの楽しみといったら何が思いつくだろう。
私の場合近くの川に魚釣りに行ったり、オニ虫(クワガタ)を見つけに行ったり、トンボを追いかけたりしていた。

夜になると花火、開け放した縁側から明かりにぶつかってくるカブトムシ、従兄弟たちと蚊帳の中で蛍を放して楽しんでいた。

だけど一番お楽しみは親戚の家に行ってもらう「お盆小遣い」が最高のものだった。

今は逆の立場だがうれしい顔を見るとあのころの自分を思い出す。ただ、やはり金額は低いに越したことはないと思うのも事実である(^^ゞ

虫取り網を持って走る子、まったく見なくなってしまった。今の夏休み・・・
ところが先日猪苗代中ノ沢の不動滝に行く途中で、白い虫取り網を持って走る子供たちを久しぶりに見たのである。

まだまだ、子供は変わっていないのである。

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2007/07/31

安全器を覚えてますか?

Img_2535 このフォトを見てなんであるかすぐに判る人は、その年代が判るような気がする。

かつての家庭の電気配線では当たり前に使われていた安全を守る装置である。

材質はセラミック製(磁器)で中に針金状ヒューズがネジ止めされ、必要以上に電圧がかかると熱でヒューズが融けて切れる方式の「安全器」というものである。Img_2534

現在の家はほとんどがスイッチ型の「アンペアブレーカー」「安全ブレーカー」なのでこんなものを見る家庭はなくなっているはずだ。

ところが我が家の納屋ではまだ現役で活躍しているのだ。

時々電気を使いすぎて切れるので中のヒューズは規定より上のをやっている。
内所にしてるのだが・・・(言っちゃった)

昔は電気配線を固定するものも皆この白いセラミックの糸巻きみたいな形のものだった。

昔の木製電柱のも横木に白い糸巻きが並んでいたものである。懐かしい風景である。

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2007/06/20

「頓服薬(とんぷくやく)」への思い

先週、いつもの「奥羽大学歯学部付属病院」に行ったさい処方された薬である。

Img_2241 ここは今でも外部薬局を使用していないので、窓口隣で薬剤が処方されている。

フォトの袋の薬名の部分、たいがいのところは「外用薬」「内用薬」の2種類なのだが、見て判るように「頓服薬」が別にして出された。

頓服とは、痛み止めのように症状が出たときだけに服用するもので、内用薬のように何回かに分けて(1日、3回とか)飲まない内服薬を言うものだ。

でも最近は見かけなくなったし、あまり使わなくなっていたのでなんとも懐かしい思いに駆られた。

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2007/06/05

バリカン商い

世の中には、ヒット商品というものがたくさんある。売れて売れてしょうがないというものだ。
現在だと、少し落ち着いたが携帯電話などを始めとする家電製品、健康番組で取り上げられた食品とかが思いつくだろう。

Img_2126 私の知っている範囲で最高のヒット商品はフォトの手動バリカンである。(我が家の亡き祖父が買った)

年代は戦前後くらいの話しで、商店をやっている老人たちのはなしには必ず出てくるものである。

こちらでは戦後一代で店を構えた人の大部分がこれに関係した商売をして金儲けをしているといっても過言ではないものだ。

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2007/01/26

給食の思い出

テレビなどでは、給食費未払いの実態を連夜に渡って報道しているのを見るにつけ私は疑問が出る。
「払いたくないから払わない」そういう人がいることに驚きを覚えた。
そんな人がいるとは到底考えられない世代として育ってきた私には理解できないことである。

私の地域はほぼ「純農家地帯」である。
ゆえに、野菜、米などは不足していないし弁当の方が良いだろうと思われることであろう

しかし、わたしの子供のころの農家、とくに我が家のような小作の貧乏百姓にとって白米は販売するもので自宅で食べるものではなかったのである。

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2006/11/01

憧れのおもちゃ、玩具

「伊東家の食卓」を視ていたら、昔自分があこがれたおもちゃを思い出してしまった。
あのころ大きな店などない時代、祭りなどの露天商などでよくほしくて眺めていたものだった

大ヒットした玩具は年代やそのときの生活がわかるようで面白い

  1. めんこ(我が地域ではパッタと呼ぶ)
  2. フラフープ
  3. アメリカンクラッカー
  4. スーパーボール
  5. ブーメラン
  6. マジックハンド
  7. ウルトラハンド
  8. ルービックキューブ
  9. トムボーイ
  10. ゲームウォッチ
  11. たまごっち
  12. チョロQ
  13. ヨーヨー

他にもたくさんあったが今思い出すのはこれくらい

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2006/09/26

ワープロの日

ワープロは今製造そのものもなくなりつつあるが、これが出たときは画期的だった。Img_0641

今も、わたしは1台を保有しているがまだまだ動いている。

でも普段はやはりみなパソコンになってしまった。

きょうは1978(昭和53)年、東芝が世界初の日本語ワープロを発売した日なのである。
当時の値段は630万円だったそうだ。
高級車が変える値段であるこの金額を見れば、一般家庭に普及が遅れたのもうなずける

それが、小型化がすすみはじめて10万円を切った機種をキャノンが発売したときは驚いたものである

と言う昔話がありの本日は

ワープロの日> である

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2005/07/09

三ツ矢サイダー

IMG_0365 IMG_0367 今は数え切れないほどのソフトドリンクや炭酸飲料が販売されている

しかしわたしの子供のころにはサイダーが高級な飲み物だった。それも「三ツ矢」のサイダーだ。現在は各会社でサイダーが出されているがやはり元祖は三ツ矢だ。

いまはアサヒ飲料になっているが「三ツ矢」の名は残されたことはそれだけの価値があったからだと思う。

そのサイダー世代の人でもこの瓶を見たことがある人はいるだろうか?わたしの大切にコレクションしているラベルはもうないが昭和初期ころ?の瓶だ。底に三ツ矢羽の模様が見られるのも珍しい。ガラスの作りはかなり低い技術のもので横にらせん状の気泡のようなあとが残ってしまっています

いつごろの製造のものか知っている人がいたら教えてください。

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2005/05/06

和紙の鯉のぼり

私は田舎の長男なので小さいころやはり鯉のぼりをもらったそうです。でもその鯉のぼりは1日か2日でなくなってしまったそうです。

喜んで高く上げた祖父の悲しい顔が浮かぶようです。ではなぜそんなに早くなくなってしまったか?  その理由は

若い人は知らないでしょうがわたしの幼いころは布製のモノは高価なため貧しい我が家などは紙製鯉のぼりだったんです。もう今は製造すらされていない(?)と思います

そのためつよい風などが吹くとちぎれて飛んで行ってしまうんです。(大きさは今と同じ)

この和紙でできた鯉のぼりはあのころよく見かけましたが弱いのでどんどん布製に変わってしまいました。

ちょっとした昔話でした

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