そこは安達太良高原にある施設へのライフライン(電線)が杉などの倒木に線が切られないよう保守のためにあるものだ。
だが、5~6メートル幅で山に向かって山頂へと伸びる切通し状態はまるで杉林の谷のようでもあるし、一見すると土砂崩れの跡かとも思われるような異様な景観になっている。
作業する電力会社にとってはいたしかたないことは十分にわかるが、・・・
景観という点では片や茶色にした電柱、かたやその電柱のために山の木を切り倒す、すこし矛盾する行動のような気はしないだろうか?
汚く貼られたビラと比べ、どちらがより多く景観を壊しているだろうか?
うまく説明できる方の意見を聞いてみたいものである。
コメント
自己満足、対外的ポーズ、部署が違う、いろいろあると思います。
一番辛いのは、電力の恩恵が無くなったら何も出来ない我々で、
「電気なんか要らないから電柱なんか全部撤去しろ!」と言えない事かも知れません。
写真を見て考えさせられました...。
投稿: 秋ぎつね | 2007年10月18日 (木曜日) 22:43
)秋ぎつねさん
電線の地中化が都会では進んでいるところがあるそうですが、うまくいかんのでしょうね
投稿: 玉井人 | 2007年10月18日 (木曜日) 23:31
景観を考えて塗られる電柱。これ自体がよく分からないことですよね。
本当に景観を大切にしたいのなら、電柱も電機を必要とする施設も要らないと思うのですが、何が必要で何が要らないのかは、立場や見方で変わってくるようです。
その辺のバランスが難しいのでしょうかね。
投稿: セット | 2007年10月19日 (金曜日) 01:37
)セットさん
最終的にはやはりそこに暮らす人の生活への影響が出るか出ないかになってくるんですかね~?
「よいでねぇない(容易でないことですねの意=方言)」
投稿: 玉井人 | 2007年10月19日 (金曜日) 08:06
あまりに自由すぎるってのも問題です。人の自由を侵しても許されるのは心外です。パソコンも一部の悪意の人のせいで、随分、不自由しています。トラックバックを受け付けないにしてしまった私です。
投稿: 山口ももり | 2007年10月19日 (金曜日) 18:07
)山口ももりさん
そうですか「受付ない」にしたんですか。
それよりは「公開保留」のほうがいいですよ。
「受付ない」では過去の古い記事へのスパムトラックバックはこれからも続きますよ
投稿: 玉井人 | 2007年10月19日 (金曜日) 20:51