« 勝ちました浦和レッズ | トップページ | カレンダーを見たら「すす払い」と記載 »

2007年12月12日

年賀の書き出しはどうしよう・・

年賀状まだ書いていませんが、文頭の書き出しになる「賀詞」をちょっと一工夫しようかと思ったりすると悩んじゃいますね。

変なので目上の人に不快感を与えたら困りますし・・ね

そこでどんなのがあるか本などを見たわけですが、あるはあるは・・とても沢山の数があるんですね

 参考までに賀詞を書き出してみましょうか>

献上歳旦(けんじょうさいたん)、

敬頌新謹(けいしょうしんき)、

瑞祥新春(ずいしょうしんしゅん)、

春風献上(しゅんぷうけんじょう)、

敬寿瑞春(けいじゅずいしゅん)、

新春来福(しんしゅんらいふく)、

長楽萬年(ちょうらくばんねん)、

永寿壽福(えいじゅきふく)、

慶雲昌光(けいうんしょうこう)、

謹賀新年(きんがしんねん)、

恭賀新年(きょうがしんねん)、

笑門来福(しょうもんらいふく)、

富貴安楽(ふうきあんらく)、  

祥風晃朗(しょうふうこうろう)、

瑞気集門(ずいきしゅうもん)、

一陽来復(いちようらいふく)、

迎春万歳げいしゅんばんざい)、

賀詞の二文字というのは「略式」にあたり目上の人などには使わないのが作法なんだそうです。
だから、上記のようにめでたい言葉や祝うことばの「四文字熟語」にするのが良いそうです

たくさんあるように見えますが、良く見ると二文字づつ分けると同じ意味合いや同じ漢字が出てきいるのがおわかりだとおもいます

「瑞(ずい)」、「祥(しょう)」、「頌(しょう)」、などを使ったのは漢詩的でちょっと品格がありますよね

つまりうまく半分づつ組み合わせればいろんなバリエーションができるようですね

新年にさいし一番恭しい言葉は「献上歳旦(けんじょうさいたん)」でしょうか

新しい年の様子を表すのは、雲間からご来光が降り注ぐ様子を表す「慶雲昌光(けいうんしょうこう)」となりましょうか

いやはやよけい悩んじゃいますね。この悩みを貰う人が少しでもわかってもらえるとちょっと嬉のですがねえ

| |

« 勝ちました浦和レッズ | トップページ | カレンダーを見たら「すす払い」と記載 »

コメント

へ~いろいろあるもんですね~
謹賀新年だけが突出して有名ですけどね~

投稿: もうぞう | 2007年12月12日 20:01

)もうぞうさん

ほんとにあるもんですね。頭のいい人が世の中には多いということでしょうか

投稿: 玉井人 | 2007年12月12日 22:28

無難に謹賀新年でしょうか。
賀正など二文字はは目上の人には使えないということですから、無理に使い慣れない賀詞を使わなくてもいいかな、とも思います。
それにしても、これだけの賀詞、使い分けられたらいいな、とも思いますが。

投稿: 秋ぎつね | 2007年12月12日 23:21

)秋ぎつねさん

別な見方をすれば「めでたい言葉」なら何でも良いのかな?とも感じませんか

投稿: 玉井人 | 2007年12月13日 08:19

こんなに沢山の賀詞があるのですね。この中でわたしが知っているものといったら、『謹賀新年』と『恭賀新年』ぐらいのものです。ただ知らなかった賀詞でも、その文字からおめでたいような感じは受けます。
賀詞にこだわるのであれば、年賀状は是非とも“手書き”で書いてほしいものです。昨今は家庭で手軽にパソコン印刷が出来るし、コンビ二で印刷済みの年賀はがきも豊富に品揃えしています。そして宛名まで印刷というに及んでは、毎年違うのは“年賀はがき”本体だけのような気がしてしまい、誰から来たのかを確認するだけで、たとえ去年と違っていても、残念ながらちゃんと目をとおしてその“定型文”を読むことはないような気がします。
それが、手書きであればやはり心がこもっている様でついつい読んでしまいます。それがたとえ“定型文”だったとしても、そこに差し出した方の心が存在しているような気がします。
その点、子供たちの年賀状はとても素晴らしいものです。一枚一枚相手に合わせて言葉を選び、絵を描いた手書きのものはどれも素晴らしく、何度も見返してしまいます。そして長い間保存して、後で見てもまた面白いものです。

投稿: koji | 2007年12月14日 02:14

)kojiさん

やはり全部手書きのは目を引きますね。私の恩師が今でも毛筆で送られてきます
僧侶でもあるので難しい言葉が賀詞になっていますがね、すばらしいと思います

私の場合・・、
まず見るのは文じゃなく送り主です

「誰が送ってくれたか?」を最優先していますので手書きでもプリントでも気にしないですね
年賀はが「念頭挨拶そのもの」と思っていますので
そっちのほうが大事だと私は思っています

これは今は亡き菩提寺の和尚の言葉がきっかけでそう思うようになりました

年賀とは関係ないですが法要準備に相談に行ったときのこんな言葉です
「法事は、いつやるとか、何回やるとか、いくら包むとか、じゃなく法事をやる心、参列することそのものが大事なんです。何も気にすることはありません」のようなものでした

つまり、年賀は「出そうと思う心、いただいたこと」を重要視したいと思っています
長々とすみません(^_^;)

投稿: 玉井人 | 2007年12月14日 08:25

今年、年賀状は「CAT’YEAR  元年」としようと思っています。玉井人さんにも出したいものです。ネコ年が無いのは可哀そう。だからぁ・・私が創設します。

投稿: 山口ももり | 2007年12月14日 08:37

)山口ももりさん

昔話、
あるとき神様が十二支を決めるのため動物に集合をかけました。足の遅い牛は早くに歩き出し一番に来ていたのですがずるがしこく背中に乗っていたねずみがピョンと牛の眼前に落ちて一位を取ってしまった。
猫はねずみにだまされ遅れたため13番目になってしまった。
怒った猫は今でもねずみを追いかけているとか・・

かわいそうな猫ですね。

十二支の本来の意味はそうじゃないですがね。(^_^)

ブログ知り合った方ではお二人だけ年賀を出させてもらっていますよ

投稿: 玉井人 | 2007年12月14日 14:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 年賀の書き出しはどうしよう・・:

« 勝ちました浦和レッズ | トップページ | カレンダーを見たら「すす払い」と記載 »