« 労災が適用しないシルバー人材・・そして健保も | トップページ | 「いただきます」の考察・・前篇 »

2012年9月24日

食前の‘合掌’の考察

NHK朝のドラマ、現在は第二次世界大戦が終わるところからの時代背景で、空襲で焼け野原になった東京が凄い速さで復興していく様子とそこに住むヒロインとその家族や近所の人々を描いた「梅ちゃん先生」というものです。

朝ドラと言ったら毎回出て来るのがヒロイン一家の食事の場面です。これは内容が変わっても必ず申し合わせたようにほぼ毎日有る場面ですから、意外な地域慣習の違いが食事場面に出てきます。

その大阪(関西が舞台だったとき、私にとって一番気になっていたのが“食前に合掌して挨拶する”様子です。

食前に合掌する習慣が無い地域の私にとってなんの迷いも無く合掌して「いただきます」と言っている様子は違和感どころか、申し訳ないですが僧侶やインドや南アジア人じゃないのに合掌するのは‘ふざけている’ようにも見えていました

合掌はインドなどで古くからの礼法の一つで南アジア諸国では挨拶にもこの礼法が使われる」と広辞苑には有りますが、宗教的にはキリスト教、イスラム教も合掌をします。
しかし、日本の食前合掌はその宗教的なものや挨拶からはちょっと外れる考えのところが、ちょっと独自です。

そして今回は東京(関東が舞台の「梅ちゃん先生」ではどうするとかと、見ていましたら‘両手を正座した腿の上に置き綺麗なお辞儀(会釈)をして「いただきます」と言って食事’をしたのです。

食前がお辞儀なら馴染んだ姿ですので、今回の「梅ちゃん先生」では気になりません

食前にお辞儀をするか合掌礼拝をする値域の分布は、調べた人によればだいたい太平洋側なら静岡県、日本海なら新潟県から西が合掌をすることが多く、お辞儀は山形県から北東と東京から東北へと多いことになっているようです。

日テレの「秘密のケンミンSHOW」のMCで関東の「みのさん」が試食の時はお辞儀で、関西出身の久本さんが合掌する様子を見るとやはりその分布が判る気がします。

福島県の場合、お辞儀が圧倒的に多いですが南の白河市周辺は合掌する方が多くあるそうで、一概には言えませんが「浄土真宗」のお寺が多い値域に共通する感じが有るように思えます。

それと今はテレビの影響でしょうか?

各地の小中学校などでは先生が食事時に子供に合掌させることが問題になり、現在ではなるべくさせないようになっては来ているようですが、やりたい子は自由にやらせて良いと思いますね。
日本の学校の場合どうしても軍隊のように先生が「全員合掌しなさい」と言ってしまうことに(大阪などで)「強制」としてしまうことで問題が起きているのだと思います

私はどちらでも構いませんが、自分自身としては茶道で茶をいただくときに合掌しないように日本古来からある「お辞儀」で通します。

次回は「いただきます」の言葉の考察をしてみたいと思います。

| |

« 労災が適用しないシルバー人材・・そして健保も | トップページ | 「いただきます」の考察・・前篇 »

コメント

当地も食事前に合唱する風習は無いと思います。
学校では行っているのだろうか?
それにしても、テレビの影響は大きいですからね~

投稿: もうぞう | 2012年9月24日 19:04

もうぞうさんへ

テレビで見たこと=常識、この発想になりやすいことは事実ですが、非常に危険をはらんでいます。
文化とか歴史とか、そして思想とかへの悪影響が起きた場合は恐ろしい結末が待っていることは実例が沢山ありますからね

投稿: 玉井人ひろた | 2012年9月24日 20:31

子供の頃の家庭では「いただきます」と合掌。でも我が家では・・・する子もあるしない子・・と言ってもオバ40ですが。相棒も私も「ご馳走様」はいいますが・・・でも、わたしは食べる物には畏敬の念を持っていますので、合掌も良いと思います。

投稿: 山口ももり | 2012年9月25日 07:25

むかしむかしのことなので記憶が定かではありませんが、小学校の給食をいただくときに合掌して『いただきます』と言っていたように思います。
ふざけてではなく、大真面目に。
家庭では合掌もお辞儀もしませんでした。
独りになった今でも「いただきます」は言っています。
そういえば、母が亡くなってから自宅では「ごちそうさま」を言わなくなりましたね。

投稿: がんさん@大和の国 | 2012年9月25日 07:49

山口ももりさんへ

わたしも合掌して食べ始めることは、悪くないと思います。
ただ、それをしない人に強制したり、たしなめたりする行為、「合掌することが常識である」かのごとく勘違いしていることが良くないと思いますね。
 
 
がんさんへ

私は、学校でも合掌することは無かったですね。「いただきます」はみんなで唱和していました。

投稿: 玉井人ひろた | 2012年9月25日 11:48

「合掌も良い」とか、「悪くない」とか、そういう正誤の判断に馴染む話ではそもそもありません。検索に引っかかったので、合掌を推す宗教法人もあるようですが、合掌するかしないかは、既に慣習の領域に入っていると思います。因みに、わたしが育った地方では、一度も見かけたことはありませんでした。テレビで、型にはまったように「合掌いただきます」を垂れ流すようになり、かつ自分流を確認する手立てが身の回りから消えてしまったのが、背景にあると思います。NHKも、たまには粋なことをするものです。わが故郷の県庁所在地の発音については、地元を無視し、また地方局採用アナまで洗脳していますが。

投稿: ぐんまの良心 | 2012年10月 5日 23:45

ぐんまの良心さんへ

コメントありがとうございます

>テレビで、型にはまったように「合掌いただきます」を垂れ流すようになり、かつ自分流を確認する手立てが身の回りから消えてしまった

まさに、仰る通りです。身の回りの慣習に触れる機会も少なくなったというか、どこか「標準語=正しい日本語」と勘違いしている人が多いことと似た気がします

投稿: 玉井人ひろた | 2012年10月 6日 07:09

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 食前の‘合掌’の考察:

« 労災が適用しないシルバー人材・・そして健保も | トップページ | 「いただきます」の考察・・前篇 »