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2013年4月 1日

「交通安全“旬間”」の幟旗

新年度が始まり毎年のことですが、4月は新入児童が通い始めるころに合わせ「春の全国交通安全運動」が行われる月でもありますね。

先週のことです。
新聞の折り込みチラシに「村の昭和の初めのころの写真の提供をお願いしています」といったものがありまして、既に集まっている写真の一部のコピーが掲載されているのを見ましたら、昭和30年ごろの我が地区の交通安全協会の集まりでの記念写真が載っていました。

季節は春か秋かは不明ですが、約20名ほどの人々と一緒に達筆の筆文字で「交通安全」と書かれた白い幟旗も写っていました。

わたしはこの「週間」ではなく「旬間(じゅんかん)」という見慣れない文字に「昔は週間ではなく‘旬間’と言っていたのだろうか?それとも、わが地域だけの洒落た言い回しをしていたなのだろうか?」などと興味が沸いてしまいました。

そこで「交通行政の歴史」というものを見て見ましたら、その謎は解けました。

   <交通行政の歴史より>

  • 昭和24年(1948)12月
    第一回めの「全国交通安全週間」が開催された。期間は7日間
  • 昭和28年(1953) 秋
    「全国安全週間」の名称が「全国安全旬間」に変更され、同時に期間も10日間に変更された
  • 昭和36年(1960) 秋
    「全国安全旬間」の名称が「全国安全運動」に変更され現在に至る。(期間は10日間)

この運動の中心になっている組織は、当初は「国家地方警察本部」だったのが、そこに「全国交通安全協会」が参加して行われていましたが、交通事故増加が深刻な問題となりだした昭和37年(1961)からは総理大臣を本部長とする内閣府の「交通対策本部」が中心となって行われる全国運動に変わったそうです。

つまり、写真の昭和30年後ごろは「交通安全旬間」が正式名称だったことが判りました。

現在、期間は春が4月の上旬、秋が9月の下旬で、それぞれ10日間づつ行われるのですが、こうなると今でもよく耳にする「交通安全週間」の名称はすでに使用されていないことになりますよね。実際に警察や安全協会のページでは使用されていないようです。

と、なると「今でも・・・・週間が使われるのはなぜ?」と言うことになりますよね。

これは、私の想像ですが安全協会組織も各支部に別れます。その支部ごとに全国とは別の1週間単位の「交通安全運動」を定めて行っているのではないでしょうか?
それを全国のと区別するために旧名称である「交通安全週間」を使用しているのではないでしょうかね(?)

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コメント

期間が10日間だったので、10日間を意味する「旬間」を使ったと思っています。
しかしこれ以外で使用されることはまず無く、消え去ったのでしょうね。

投稿: もうぞう | 2013年4月 2日 07:35

もうぞうさんへ

旬間は読みようによっては「旬の間」で、なにか喜びをイメージしかねないところも使われなくなった理由かもしれませんね

投稿: 玉井人ひろた | 2013年4月 2日 07:50

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