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2018年2月 4日 (日)

恵方巻きのルーツ

恵方巻きのルーツは関西、ということまでは知っていますが本当のころは分らないのが普通でしょう。

その由来についてはあちこちで記載が視られましたので、私なりにまとめてみました。

  • 最も古い文献としては戦国時代(1467-1576)に記述がある
  • 江戸時代~明治時代にかけて大阪の商人などが、花街で芸子・遊女たちに(太く硬い)男根に見立てた太巻き寿司を咥えせる節分の遊びが流行、その時に商売繁盛などとはやし立てたらしく、一般には無かった習慣。
  • 大正時代初期からこの遊びが花街で一般化し始める
  • 昭和7年(1932)に、一部の寿司屋が太巻きを切らないで食べるなど縁起物として商売に利用し始め、現在のような形で大阪の町で一般化する。
  • 戦争が悪化し一旦廃れたが、戦後の昭和24年(1949)に大阪鮓(すし)商協同組合が土用の丑の日の「うなぎかば焼き」に対抗して復活が図られる
  • 大阪鮓商協同組合はさらに普及させようと昭和52年(1977)道頓堀で「海苔祭」のイベントとして「巻きずしの丸かぶり早食い競争」などを催すが、大阪など以外には普及しなかった。

この時点までの名称は、「丸かぶり寿司」や「太巻き寿司」などと呼ばれ、まだ特定の名称は無かったらしい

  • 昭和64年=平成元年(1989)に、セブンイレブンジャパンが広島県で太巻きを売りだし、このときに「恵方巻き」と名付けて発売を始めたのが名称と共に全国に広まる。

その後の恵方巻きの全国への広がりは凄かったですね、コンビニ、デパート、スーパーまでも販売され、まるで“日本人の伝統慣習”のようなポジションを取ってしまいました。

つまり今のような状態にまで広めたのは「大阪鮓協同組合」とセブンイレブンの販売戦略が実った結果ということで、「恵方巻き」と言う名称も習慣の歴史も、30年ほどにも満たない新しいこととなります。

日本人が考えた販売戦略のなかで、「土用の鰻蒲焼」、「バレンタインチョコ」に「恵方巻き」を加え、日本三大販促成功例の一つとしてあげたいですね。

ところで、この恵方巻きが遊郭などの遊びだったというルーツを知って思い浮かんだのは、太巻き寿司を口にくわえ食べる遊女たちの様子です。

恵方巻きの本来の習慣とは、なんともスケベで卑猥な遊びだったんですね(

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コメント

恵方巻はケーキまで出てますね。コンビニ等では社員に割り当てまで、しかもノルマまで、すごいですね。

投稿: 吉田かっちゃん | 2018年2月 5日 (月) 16:13

なんでも商売に結びつける。なんともすごいですよね。
それにしても「今年の恵方」って、だれが決めるんですか?

投稿: もうぞう | 2018年2月 5日 (月) 18:08

吉田かっちゃんへ

きょうは、売れ残って廃棄される大量の恵方巻きの話題がニュースになっていましたね


もうぞうさんへ

中国から伝わった、難しい方位学があるようです。

投稿: 玉井人ひろた | 2018年2月 5日 (月) 19:06

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