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2021年11月 5日 (金)

池上史郎氏と紀子さまの父

きょうの地元紙の朝刊には、会津若松市に在る興徳寺境内にある墓地の墓の前で手を合わせ拝むワイシャツ姿の男性と、その男性の後ろで住職と並んび同じく手を合わせる和服姿の女性の写真が掲載されました。

それは、平成5年(1993)の9月8日のことだったようです。

その墓参する男性と女性とは、昨日他界された秋篠宮妃殿下紀子さまの父の川島辰彦氏と奥様です。

その墓は池上家先祖代々のもので、故川島辰彦氏にとって母方の祖父に当たる「池上四郎氏」が眠る墓なのです。

つまり、紀子さまにとっては曽祖父にあたる人物になります。

池上家とは、高遠藩(現長野県)で保科家に仕え、同家の藩主が保科 正之(3代将軍徳川家光の異母兄弟) の時に会津に移封した際に、それに従って会津に移り住んだ会津藩士の家柄です。

池上四郎氏はその末裔で、明治の末頃に兄の三郎が司法省の幹部だったつてで警官となり、その後に大阪府の警部長に昇進、大正2年に大阪市長に選任され3期10年間つとめた人物です。

その池上四郎氏の娘が、故川島辰彦氏の母親になります。

考えれば、上皇后の道子さまの教育係長を担ったのは、最後の会津藩主の松平容保公の娘ですし、不思議な縁です。

ところで、なぜその日に墓参に訪れたか?それの記載は無く「(川島氏は)品のある方だった」という住職の話しだけが載せられていました。

時は、眞子様が2歳になる一月前、佳子様が生まれる約1年前、そして華々しく行われた今上天皇陛下と雅子様がご成婚された月の3ヵ月後になりますがわかりません。

ただ、先祖への御礼を言っているようにしか見えないそ写真からは、まさかその28年後に孫の眞子様のことや自分の死については考えもしていないことだけはうかがえる気がします。

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コメント

ま、なんと歴史にお詳しい。福島県は由緒あるお方たちに由来するところが多いですね。

投稿: へこきあねさ | 2021年11月 5日 (金) 17:41

>へこきあねさんへ

そのほとんどが会津由来というのが、他の県内地域としては口惜しいわけです

投稿: 玉井人ひろた | 2021年11月 5日 (金) 18:27

会津藩・徳川幕府・日光・奥州のつながりは観光で知ることが多く、心の隅には残るものの、その時だけになってしまいがちです

投稿: 真島節朗 | 2021年11月 5日 (金) 19:50

>真島節朗さんへ

丹羽家の旧二本松藩に住む私としては、会津ばかりが注目されるのは口惜しい限りです

投稿: 玉井人ひろた | 2021年11月 6日 (土) 08:03

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