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2021年12月25日 (土)

日本人の死後の世界観の変化

今週は、我が家では冬至を前後して訃報が重なっております。訃報というのは、不思議と連続する気がします。
季節の変わり目などの要素が高いからなのでしょうね。

ところで、人が亡くなった場合に告別式やテレビでも遺族が口をそろえて言うのが「天国・・・」でしょう。

ほんとうにそんことはどうでもいいことですが、死していく場所が「天国」という考えは「キリスト教」の概念です。

仏教・僧侶が読経を読み行う葬儀告別式で「天国」といのは、わたしにはどうしても違和感を抱いてしまうのです。

人が亡くなってから行くところとは以前なら、「黄泉(よみ)の国」または「あの世」や「冥途」というのが一般的でしたが、欧米のクリスマスなどを楽しむようになった日本では致し方ないのでしょうね。

その仏教でも、死後の世界については明確な回答が無く宗派によって大きく分けて3つ

  • 人は死んだら浄土に行く
  • 人は死んだら輪廻(りんね=生れ変る)する
    ※六道に進む(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)
  • 死んだら終わり、死後の世界を想定しないという考え方

上記の考え方で、それを複合的に考える宗派や個人もあります。

日本古来の宗教の神道で言う葬儀というのは死=穢れ(けがれ)で、その穢れの類を神様の神聖な力を持って綺麗にするという意味や行為を示すらしいです。

今年亡くなられた瀬戸内寂聴さんが生前に講話で言っていたことは

「死後の世界について、仏教でもいろいろなことが言われていますが、そこに行って帰ってきた人は誰も居ないのですから、判らないのです」

つまり、なんとでも言えるということでしょう。

それならなおさら、一部の宗教の言い方の「天国」に統一されつつある現状は柔軟な考え方とは言えない気がします。

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コメント

今晩は。
12月になり義弟が68歳で
夫のいとこがといってもおじさんぐらいに年上ですが
93歳で亡くなりました。
今年の夏ごろは96歳の伯母(夫の母親の妹)がなくなっています。
このご時世でお見舞いもできず。
身内だけのお通夜、告別式でした。
寂しい師走、年の暮れです。

投稿: マコ | 2021年12月25日 (土) 22:21

>マコさんへ

この時期は寒いので、訃報というのはさらにその寒さを感じさせられますよね

投稿: 玉井人ひろた | 2021年12月26日 (日) 08:10

一神教のキリスト教、ユダヤ教、マホメッド教などではすべて神のみもとで行き先が決まっています。だからその場所は混み合いしきたりも違ってくる。仲良くはなれないようです

投稿: 真島節朗 | 2021年12月26日 (日) 21:25

私は祖母にも主人にも、あの世へ先に行ったら、どんなところか夢でいいから見せてと頼んで置いたのですが、未だに教えて貰えません。どうも教えてはいけない決まり?があるとか・・・。あんまり良い所と分かれば逃げてくる人も増えるでしょうし、辛い所では死ぬのが怖くて絶望しますものね。天寿を全うした時、やっと分かるのですね。

投稿: 山桜 | 2021年12月26日 (日) 22:32

そうですか?キリスト教からですか。
でも天国と地獄は日本でも古くから、言い表されていますけどね。

投稿: もうぞう | 2021年12月27日 (月) 10:28

>真島節朗さんへ

なるほど、」そういう考え方も有りますね


>山桜さんへ

良すぎると逝く人が増えるかもしれませんね。
落語では、地獄が最も面白いという話があります


>もうぞうさんへ

キリスト教弾圧が解除された明治以降からではないかと思います

投稿: 玉井人ひろた | 2021年12月27日 (月) 16:34

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