日米首脳会談と同じ日にマチュピチュでは
アメリカのトランプ大統領と高市総理大臣による日米首脳会談が行われていた同じ28日(現地時間は27日)、ペルーにあるマチュピチュ村ではわが村の公式訪問団とマチュピチュ村長ら参加による、わが村出身で初代マチュピチュ村長であった野内与吉氏の顕彰プレートの除幕式が盛大におこなわれていました。
これはわが村とマチュピチュ村との友好都市協定締結10周年を記念し、野内氏の実家の方が中心になりクラウドファンディングを利用し資金を集めて実行に至ったものです。
顕彰プレートはマチュピチュ村のミラドール・リオ・ビルカノタ公園内に整備され、野内与吉氏の写真と紹介文が日本語、スペイン語、英語で記載され、幸運の象徴とされるハチドリも装飾されたデザインになったようです。
わたしもちょっとだけお金を出したので、ちょっとだけ誇りたい気分です(笑)
※野内与吉氏とは
大正6年(1917)に21歳で契約移民としてペルーに渡る。
クスコ―マチュピチュ間の鉄道工事に携わったり、マチュピチュ集落(現マチュピチュ村)で湧き水をひいたり、ホテルを開業したりして地域の発展に尽くす。
上記のような働きにより住民の支持を受け、戦争中の米軍などによる「日本人狩り」には村人が野内氏をかばい隠し通し、昭和23年(1948)には日本人ながらマチュピチュの行政責任者になり、後に初代マチュピチュ村長に就くことになりその息子も後に村長となる。
昭和43年(1966)40年以上ぶりに帰国、翌年に故郷と電気が通じた実家集落を見て安心したかのように他界された。
その野内与吉氏の縁から、大玉村はマチュピチュ村の要望を受けて平成27年(2015)に友好都市協定を結ぶこととなる。(マチュピチュ村は世界中から友好都市協定の誘いがあったが、野内氏の村以外にないと拒み続けた逸話がある)
これまで両村の村民や村長らが現地を訪問し合い、互いの文化や風習に親しんで現在に至る。
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コメント
そうなんですか。日本人とは聞いていたのですが・・・。
それは素晴らしいことですね。どうして行かれたのか興味がありますね。
投稿: ひで | 2025年10月31日 (金) 10:16
>ひでさんへ
この時代、長男でない者は自立しなければならず与吉氏も一攫千金を狙ってのものと聞いています
投稿: 玉ヰひろた | 2025年10月31日 (金) 16:44