ナンバンガキ(南蛮柿)
熊本県に在る天草では「ナンバンガキ(南蛮柿)」と呼称される果実が栽培され特産になっていたようですすが、その呼び方は高齢者だけで現代人は皆「イチジク」と言うそうです。
つまり、「ナンバンガキ」とは「イチジク」のことですが、なぜ天草ではそういう言い方になったのかというと時代は今から400年以上も前に戻ります。
そのころ日本では「天正遣欧少年使節団」というローマ法王に謁見のため4人の少年が選出され、織田信長が本能寺で自害することになる天正10年(1582)に長崎を出航し、8年後の豊臣秀吉が天下統一した天正18年(1590)に帰国するということがありました。
そのときローマに滞在し、活版印刷機など最新の技術や知識を持ち帰り、熊本県の天草で印刷された本がベストセラーになったそうです。
その使節団には宣教師の「ディオゴ・デ・メスキータ」と言う人物が同行し、天草に来訪したときにイチジクを伝えたのだそうです。
そこで、南蛮の柿ということで「ナンバンガキ」という呼びかたができたそうです。
イチジクは「小アジア」現在のトルコ共和国領内のバルカン半島と相対する半島の地域を指すところの原産で、中世(4世紀~15世紀ごろ)のペルシャ語では「anjir」と称し、これを近世(15世紀~18世紀ごろ)の中国語では「映日果(イェン・ジエイ・クォ)」と言う漢字と発音を使用したため、日本人にはその中国語の発音が「イチジク」と聞こえたことによって現在の名称となったそうです。
イチジクには「無花果」という漢字の他に「映日果」という漢字もあるのはこのような理由からのようです。
| 固定リンク | 0


コメント