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2026年4月 1日 (水)

“死病院”ではなかった

今週から始まった朝ドラで、母や叔父たちが嫌な顔をして話すことがある「死病院」という言葉が出てきて反射的によどんだ思いに駆られました。

そしたら、その言葉は今の今まで母たちも私も誤解だったことが判明しました。

正確には避病院(びょういん)、これを重症の伝染病患者が行って死ぬことが多かったことから、母たちは「死病院(びょういん)」と思っていたのでした。

これは、最初に1886年11月設置された東京でも、江戸っ子は「ひ」を「し」と発音するため「しびょういん」と言われていたらしく紛らわしいのですぐに「伝染病病院」と改称したのですが、そのころはすでに「しびょういん」が一般化してしまい改められることは無かったようです。

いずれにしてもその病院は「赤痢」や「腸チフス」そして「コレラ」に「肺結核」の患者を受け入れる施設であったことは確かで、不幸にも治らずに亡くなられた方は少なくは無かったはずです。

感染症の恐ろしさはその病気だけではなく、朝ドラにも描かれましたが周りの人々が感染の恐怖から来る嫌悪する態度です。

我が家では戦前と戦後にかけ、祖母、伯父、叔母らが次々と結核を発症し祖父は毎年のように葬式を行っていた家です

当然ながら近所の人は近寄らず、傍を通るときは息を止めて足早に過ぎる人も少なくなかったそうで、朝ドラのあの様子と同じだったと聞いています。

私の父は73歳で肺の病気(肺線維症)たぶん「石綿肺」だったと思いますが、それで亡くなりました。

つまり感染するような病気ではなかったのですが、父の兄弟妹のほとんどが肺結核で亡くなっている昔を知る近所の人の中に、我が家の傍を通るときに口を押え息を止めて足早に行く人を母は見たそうです。

感染への恐れがそうさせるのですが、いつも明るく挨拶する近所の人の本性を知ってとても嫌な思いをしたのを朝ドラで思い出してしまいました。

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コメント

子どもの頃耳にしたような?
久しぶりに拝聴しました。
こんな字を当てるんですね。

投稿: もうぞう | 2026年4月 7日 (火) 15:53

>もうぞうさんへ

「避病院」とは思っていませんでした
もうぞうさんのコメントが8回になったのはどうしてでしょう?

投稿: 玉ヰひろた | 2026年4月 7日 (火) 18:43

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