原発スタッフは軍隊式の・・・
柏崎刈羽原発の再稼働が認可されましたが、トラブルでまた停止してしまったようですね。
その再稼働の時の管理室での様子が放送されましたが、そのときに社員の方が数字を言う場面があり、その数字の読み方が軍隊式だったので面白く聞いてしまいました。
これは、数字の聞き違いを防ぐためであることは直ぐに判りましたが、どこの電力会社でも同じなのでしょうかね?
ちょっと気になってしまいました。
柏崎刈羽原発の再稼働が認可されましたが、トラブルでまた停止してしまったようですね。
その再稼働の時の管理室での様子が放送されましたが、そのときに社員の方が数字を言う場面があり、その数字の読み方が軍隊式だったので面白く聞いてしまいました。
これは、数字の聞き違いを防ぐためであることは直ぐに判りましたが、どこの電力会社でも同じなのでしょうかね?
ちょっと気になってしまいました。
今朝のNHkテレビ小説「あんぱん」で、ヒロインの教え子の兄が出征するシーンがありました。
その兄が「行って来ます」とあいさつすると、すかさず婦人会の代表から「『行って、来ます』は良くない。『行きます』です」という、この時節特有の指摘がなされます。
そして悲しみをこらえ大きな声で妹が「武運長久を願って万歳」の音頭で、集まった人全員で一斉に万歳が叫ばれるという、戦時中シーンの定番の様子が行われ、わたしは亡き祖父や伯父たちの出征の様子が連想され胸が熱くなりました。
さてここで使われる婦人会の『来ます。』は生きて帰ろうと思われるから駄目だという指摘叱責と、「武運長久」と言う言葉の意味には大きな矛盾があることを知っているでしょうか。
オンライン上に中国のある女性が、旅行で初めて日本に来た感想をアップした記事を見つけたので読んでみました。
他の中国人の方が感じるようにその人も、トイレのきれいさや日本人の親切さ公的な場所でのマナーの良さと静かな雰囲気に感嘆の声を上げていました。
この中国人の方の記事で気になったのは、日本へ行くにあたっての心構えの部分
「初めての日本旅行。(中略)国や地域ごとにそれぞれ独自の民族的な特色がある。
中国には『郷に入っては郷に従え』ということわざもあるので、私たちはゆっくりと現地の文化を感じてみたいと思った」
「郷に入っては郷に従え」ということわざが中国のだと言われて、私は日本のことわざだと思っていたし、どこの国に行っても傍若無人のふるまいをする印象がある中国人ということも含めて唖然としてしまいました。
そこでこのことわざの起源はどこなのか?リサーチしてみました
マスコミでは新たな言葉次々と生まれてきて、わたしとしてはついていくのが難しいです
さて、今回知った新たな言葉は「中食=なかしょく」というものです。
中食(なかしょく)とは、
家庭で調理したものを食べる『内食(うちしょく)』と、飲食店などで食べる『外食(がいしょく)』の中間に位置した食事のことを指す言葉です。
具体的には
お惣菜やデリカテッセンのおかず、持ち帰り弁当などを店で買って、家に持ち帰って食べることを言い、出前やデリバリーも中食になるらしいです。
ファストフードのハンバーガーやフライドチキンは店舗内で食べれば外食ですが、テイクアウトして家で食べると中食になるということです。
つまり、従来からある「店屋物(てんやもの)」という言い方と同類語と言うことですかね?
誰が考えたのでしょうか。
俳優の火野正平さんが自転車で旅する人気番組のNHKBS「こころ旅」、その火野さんがころんで腰を痛めたとして今年の秋の旅は1週間交代でピンチヒッターでの収録放送されています。
最初は、火野さんとほぼ同じ年齢に柄本明さん(昭24生)、2番手が田中要次さん(昭38)、3番手が田中美佐子さん(昭34)、4番手が昭英さん(昭49)、5番手が山口智充さん(昭44)、そして今週は6番手で再登場の田中美佐子さんです。
来週のからは7番手で渡辺謙さんが決まっています。
ところが火野さんが急逝してしまいました。最後まで番組復帰を望んでいたそうです。
急逝したのは、ちょうど再登場した田中美佐子さんが今週の収録をしていたころにことになりますので、田中さんもスタッフもものすごいショックだったことでしょう。
さて、その今週出演している田中美佐子さん、役柄と違う非常に明るいキャラクターで私が昔から好きな女優さんで変わらず若々しいです。
ところが、
番組中で自転車に乗り出発するときに田中美佐子さんが明るく大きな声で発する掛け声の言葉に笑ってしまいました。
「さっ、行くヨよ。『レッツラゴー』」
久しぶりに耳にしました「レッツラゴー」
この言葉は、赤塚不二夫さんの漫画「レッツラゴン」とか、「レッツゴー」と「えっちら、おっちら行こう」が合わさって「のんびり行きましょう」的に自然発生した造語だとか、何が語源だったかは判然としないようですが、昭和50年代(1970年~1980年代)ごろには普通に使われていた気がします。
ただ、現在は私でさえ使わず、忘れていたくらいです。
田中美佐子さん、若々しく綺麗でもそれなりの年代は隠せないようです。
SNS上で若者たちを集めて強盗などさせる犯罪行為が横行してますが、これをマスコミでは「闇バイト」と称して盛んに報道しています。
仕事でもアルバイトでもない犯罪行為に「闇バイト」という言い現わしかたには、常々私は違和感とあまりにも軽すぎ名称であり、別の言い方のほうが良いのではないかと思っていました。
私と同じ考えを持った人はかなり多く居るらしく、警察やマスコミが犯罪に対し「闇バイト」という言葉を使うことへの批判が急増しているようです。
ところが、
マスコミや警察がこれを頻繁に使う理由は全く別で、わたしのような考え方は誤解で的外れな指摘だったことが判りました。
そもそもこの「闇バイト」という言葉自体が警察やマスコミが造り名付けたものではなく、犯罪グループが募集の手段の窓口として10年以上前からSNS上で使用していたもので、他にも「裏バイト」と言う名称もあったようです。
そこで、できるだけ多くの人が安易に応募させないために、警察やマスコミを通じて凶悪な犯罪行為であることを感じさせない「闇バイト」を広く知らせる必要があったわけです。
もし、「闇バイト」の言葉を使わずに、マスメディアや警察が造り名付けた言葉で注意喚起をしたとしたら、ほとんど効果のないものとなった可能性が高いということです。
つまり、「闇バイト」という犯罪組織の隠語を紹介することで、一般人にも判りやすく注意喚起することが目的だったというわけです。
「目から鱗が落ちる思い」とはこういうことでしょうか。
私もまだまだ思慮が足りない
タイトルの四字熟語は、現在の自民党の派閥問題の記事で見つけた言葉です。
「傲岸不遜」(ごうがん ふそん)とは、おごり高ぶっていることを言う「傲岸」と、へりくだる気持ちがないことを言う「不遜」という2つの言葉からなる四字熟語で、
「おごりたかぶっていて態度が横柄で、人に頭を下げることを知らず思い上がっているさま」を表す言葉であると説明がありました。
この言葉を当てられた自民党の政治家は、第3派閥の茂木派(平成研)の会長で、自民党幹事長の茂木敏充衆議です。
同派から小渕氏が抜けたことで、党4役で派閥に所属しているのは茂木幹事長ただひとりとなり、茂木幹事長は自派を離脱するか幹事長を辞任するのかという立場になっているようです。
ところが、元々派内からも傲岸不遜の態度が嫌われ人望がなく、特に参院側と折り合いが悪い茂木幹事長は、カネとポストを差配できる幹事長の立場を手放したらだれにも見向きもされなくなるそうです。
以前からわたしも茂木氏の言動には嫌悪感を持って好かない政治家でしたが、それはこの方の態度の癖から来るイメージなんだと思っていました。
しかし、記事によれば性格や思考もそういう人物のようですね。
それでも当選してくるのは、選挙区の地元では違うのでしょうね
自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金事件を受け、自民党はきょう「政治刷新本部」を立ち上げます。
ところが、その組織のトップになった派閥代表で現自民党副総裁である麻生元総理と無派閥の菅前総理の2人の意見は↓
大きな隔たりがあることが浮き彫りになってその行方に懸念が出ているようです。
その動向には専門家や野党などから様々な意見が出されていますが、ある生放送のBS報道番組で有名な方が力説した話の内容↓
「そもそもこの本部の名が『政治刷新本部』ということは、現状をある程度残すことであり変わらない気がする。
本気で買えるなら『政治改革本部』というように「改革」とすべきです。』
その時は私も「その通りだ」と思ったのですが・・・、
オンライン上で「アナリスト」と「ジャーナリスト」との違いについてちょっとした論争になっていました。
改めて考えるとその違いはよく分からないし、そもそもこの二つのカタカナ語の本来の意味を説明できない気がします。
どちらも、メディアなどの媒体を使って発表することは同じ気がしますが、ジャーナリストの基本は事実を伝えることに対し、アナリストは真実・真相・要因を解説する人たちのことと考えていいのでしょう。
こういうのは、カタカナにせず「専門研究者」と「記者」としたほうが判りやすいと思うのは年代のせいでしょうか?
今月から(令和5年4月1日)、改正道路交通法の施行により自転車に乗る場合には年齢関係なくヘルメット着用が‘努力義務’となりました。
つまり、自転車に乗る場合はそれ用のヘルメットを着用することに努めなければならない、ただし装着しなくても罰金や罰則は無いということです。
施行された1日に隣の市に出かけましたが、ヘルメットを着用していたのはたった1人でそのほかの人は未着用で乗っていました。
もっと前に施行になった「自転車の右側路側帯の通行禁止」も、いまだに違反している自転車は後を絶ちません。
毎度のことですが、承知の徹底がなされていないことは明らかです。
よく考えれば、そもそも「努力義務」という日本語がとても不可思議な日本語です。
「原則義務」との違いは何でしょう?
日本語として、「原則義務」のほうがもっと合っている気もします。
最近のコメント